(十六)

 翌朝、目が覚めると眠気が一気に吹き飛ぶほどの輝きを持つ宝箱がテーブルの上に置いてあった。陽菜ちゃんに似合うエメラルドグリーンの光を放っている。


「怖かったけど、見つけられたよ、お兄さん、お姉さん」


 と言って宝箱を得意気にかかげる。楽しそうだ。


「私の時はね、うさぎさんだった。きらきら光る白い毛を持ったうさぎさん。とっても可愛かったよ」


 楽しそうに語っているが、きっと夜道は怖かっただろう。涙の跡が目のはしに残っている。


「私の宝箱も、中には紙切れ一枚しか入ってなかった。三人の暗号、繋げてみようよ」


 と言って紙を出す。悠稀君と私も慌てて宝箱から暗号の書いてある紙を取り出す。

 紙には悠稀君、私、陽菜ちゃんの順番に


〈海に呼ばれし者〉

妖艶ようえんなる人魚〉

を導きたるなり〉


 と書いてある。海に呼ばれし者というのは私たちのことだろうか。そして、今度は妖艶なる人魚が私達を『自分の欠片』へと導いてくれるのだろうか。海というのは『雲』の反対側にある『海』のことだろうか。分からないことだらけだが、とりあえず『海』へ行ってみるのが妥当かもしれない。そう考えていたら、ピロンと携帯が鳴る。携帯といっても『ここ』の世界で使っていたスマホではなく、『雲』の世界で配られた携帯だ。『ここ』の電波は『雲』の世界に流れていないらしい。


 通知の相手は、瑠璃さんだった。


『ごめんなさい。暗号は解けなかったわ。もう、暗号解読はやめて、この世界を楽しんで帰ることにするわ。この世界に、疲れるために来た訳じゃないから。ごめんなさい』


 と書いてあった。恐らく疲れすぎてしまったのだろう。申し訳ない気持ちになる。すぐに気にしないでくれという内容の返信を送り、その旨を二人にも伝える。二人も納得しているようだった。


「あの人、一人で頑張りすぎたんだよ。一緒に来た二人のことも頼ればよかったのに」


「きっと人を頼るのが苦手な人なんだよ。悠稀君みたいになんでも人にお願いできる人は少ないの」


「おい、全部任せてるみたいな言い方だな」


「だってそうじゃない」


「そんなことないだろ。俺だって仕事してるよちゃんと」


「あーはいはい、そうですね」


「流すなよ。ほんとだって」


 私達の痴話喧嘩ちわげんかを、陽菜ちゃんはにやにやして見ている。最近私達が話しているところを陽菜ちゃんがにやにやしながら見ていることが多い。何か思う所があるのだろうか。それに悠稀君が前に陽菜ちゃんに聞かれた内容も気になる。まあ、内緒と言われてしまったから、教えてくれないとは思うけれど。


「『海』に行くのは二週間後にしよう。今、美麗も体調があんまり良くないし、陽菜も最近は動きっぱなしだから疲れただろ。だから、一週間はゆっくりして、後の一週間は『海』の世界の情報を集めつつまた遊ぶ。それでいいんじゃないか。急ぐ訳でも無いしな」


 私が生理中なのを見越してこのプランを立ててくれたのだろう。本当に、こういう気遣いが神がかっている。悠稀君に感謝の目配せをすると、にやっと笑う。彼なりの気持ちの示し方だろう。素直に受け取ることにする。


「陽菜もゆっくり寝とけ。『海』の世界は何があるか分かんないからな」


「うん!お兄さん優しいよね」


「うるせえ。そんな事ねぇよ。ほら、ゆっくりしとけ」


「面白いね、お兄さん」


 陽菜ちゃんはそう言って私の方へ逃げてくる。怖い怖いと言っているが目元が楽しそうだ。二人の掛け合いも面白いので、私の頬は自然と緩む。何笑ってんだよと言われるかと思ったが、悠稀君も吹き出していた。陽菜ちゃんも何のことか分からずに、しかし私達につられて笑っている。何故か三人で大笑いするという図が出来上がった。

 ああ幸せだな。私はふと、そんなことを思いながら笑みをこぼした。

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