(十五)

「あー疲れた」


 と言って悠稀君はどかっと座布団の上に座る。陽菜ちゃんも少し疲れの色が見える。私も疲れとはまた違う違和感を感じトイレへと駆け込む。


「ああ」


 心の中で叫ぶ。生理が来てしまったようだ。確かに前回から一ヶ月が経っているが、この世界でもその自然の定理はそのままだということを体感しため息をつく。それに、気分も何だか優れない。トイレから出た私は、早いけれど夕食まで少し横になることにした。


「ごめん、ちょっと疲れたから寝るね。夕食の時間になったら起こして欲しいな」


「分かった」


 そう言ってくれたのは悠稀君だった。驚きながらも感謝を述べて横になる。頭痛と腹痛でどうにかなりそうだが、何とか鎮痛剤を飲んでその場をしのぐ。


「なあ、体調大丈夫か。ああ、返答はいいよ。寝てるだろうしさ。……生理だろ。無理すんなよ。後、今陽菜はいない。図書館に行ってる。あいつも本が大好きになっちまったみたいだな。すっかり本の虫だよ」


 私が寝てると思ってか、スラスラと話す。彼にとっては独り言に近いのだろう。


「俺さ、姉ちゃんが一人いるんだ。だから、大体生理になった時とかわかるし。……無理しすぎんなよ。本当に。俺も陽菜もさ、美麗といられて凄く楽しいし嬉しいんだ。だから、自分を壊すようなことはするなよ」


「ありがとう」


「何だ、起きてたのかよ。恥ずかしいじゃんか」


「まあ、いいじゃない。嬉しいよ、凄く。傍にいてくれてありがとう」


「礼とか、そういうのいいから。恥ずかしいし」


「うん。……私さ、ここに来る前、学校に上手く行けないからさ、心療内科に通ってたんだ。それで、双極性障害っていういわゆる躁鬱病って言われて。鬱状態と、躁状態っていう元気な状態が交互に来る病気になってたんだ。今もそう。多分今、生理が来たのもあって、鬱状態が来ちゃったんだと思う。って言っても少し軽い方だから、あんまり心配しなくても平気なんだけど。こっちの世界に来て、元気になれたから、二週間くらいしてから薬飲むのをやめちゃったんだ。多分そのせいもある。ちゃんと飲まなきゃ駄目なのにね。油断しちゃった。もう元気だろうって。自分は『普通』になれたんだって、錯覚しちゃった。馬鹿だよね、ほんとにさ」


 言っていて、涙が流れてくる。こんな重い話を唐突に悠稀君にしてしまって申し訳ない気持ちになる。しかしつい感情的になって止まらなくなってしまった。悠稀君はまだ黙っている。


「ごめんね、こんな暗い話。忘れて」


「いや、いいよ。気にするなよ。……俺も、HSPって言われてさ。ネットで調べた時、確かにそうだよな、俺ってHSPの気質あるよなとか思ってた訳。それを親に言ったら『男が繊細な訳ないだろ。たわけたこと言ってるんじゃない』って怒られてさ。その時思ったんだ。『男らしさ』って何だって。俺は自分が男であることに違和感はない。でも、男だから男らしく振る舞うとか、男だからこうしなきゃいけないとか、そういう固定概念みたいなのには違和感ある。親がそういう価値観だから、理解されなくてさ。まあ、話はそれだけなんだけど」


 と言ってへへっと笑う。話を暗くしない為だろう。気遣いにまた涙が溢れそうになる。そして、悠稀君の話を聞いてはっとする。いつか瑠璃さんに「女らしさ」というものを感じたことがあった。しかしそれの押しつけによって苦しむ人もいる。性別の事も、宗教や政治と同じくらい世間話に用いてはいけないのではないかと思う。


「はい、暗い話おしまい。起こして悪かったな。ゆっくり寝とけ。必要ならお白湯さゆとか入れておくから」


 といって静かに布団から離れていった。悠稀君はこういう所で凄く優しい。心がほかほかと温かくなるのを感じる。


「ありがとう、おやすみなさい」


 と言って、夕食まで泥のように眠った。


「おーい、夕食だよー」


 微睡みの中で、陽菜ちゃんが起こしてくれる声が聞こえる。


「うん、ありがとう」


 と言って何とか起き上がる。体は何となくだるいが、寝る前に飲んだ薬が効いて大分楽になっている。

 夕食は、悠稀君が事情を女将おかみさんに伝えてくれたらしく、卵がゆが出てきた。熱々だがとても美味しかった。


「お姉さん、見て見て!今日、こんな本借りてみたの」


 そう言って見せてくれたのは何と太宰治の人間失格だった。


「それ難しくない?」


「ううん、薄っぺらいし、内容も面白そうだから多分大丈夫!それに、難しすぎたらお姉さんに概略聞くし」


 と言って舌をぺろっと出す。その仕草がなんとも愛らしい。


「『概略』なんて、よく難しい言葉知ってるね」


「本読んでたら出てきたよ。気になる単語は日記帳にメモしてるんだ」


「偉いね。すごいよ」


「えへへ」


 はにかんで笑う陽菜ちゃんは本当に嬉しそうだ。それにしても、この世界に着いた時に言った日記をまだ続けている彼女の根気強さに心を打たれる。コツコツと続けられる性格はいつか絶対に才能を開花させるはずだ。


 陽菜ちゃんは夕食後、再び星について行き、宝箱を探しに行った。一人で夜歩かせてしまうのは不安だが、付き添えない為仕方がない。諦めて悠稀君と話しながら寝ることにした。

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