(十四)

「おはよ、やっと起きた?」


 と冷やかす悠稀君の声で飛び起きたのはまさかの九時半だった。昨日寝てしまってから約十時間眠っていたことになる。慌てて着替えや準備を済ませると、陽菜ちゃんがにやにやしながら近づいてくる。そして、悠稀君にも聞こえる声量で話し始めた。


「あのね、昨日お兄さん、お姉さんが瑠璃さんのところに行こうとしたらね……」

「おい、陽菜。聞いてたのかよ。ずるいぞそんなの言うの。二人だけの秘密な」


 珍しく悠稀君が焦っていた。何を言ったのだろう。気になるけれど、陽菜ちゃんは「えー」と言っているもののもうこれ以上話す気は無さそうだ。


「また後で教えてね」


 とダメ元で陽菜ちゃんに伝え、この話は終わる。少し遅い朝食をとることにした。今日の献立はりんごのヨーグルト、かし芋、けんちん汁だ。陽菜ちゃんと悠稀君はもう朝食はとったようで、私一人でとることになった。体重を気にしていると女将さんに伝えたら、健康的な食事に変えてくれた。申し訳ない気持ちと有難い気持ちが頭の中で複雑に絡み合ったまま箸を取る。女将さんの思いやりが詰まったご飯は、とても美味しく涙が出そうになった。


「で、昨日は疲れてそうだったから聞かなかったけど、一人で、深夜に、あの森に行った訳?帰ってくるのが遅くて心配だったんだぞ」


 と悠稀君が捲したてる。「一人で」「深夜に」を強調しているから、余程心配してくれたのだろう。謝りたい気持ちと、心配してくれたことに対する温かい気持ちが混ざって思わず頬が緩む。


「おい、なんで笑ってんだよ。人が心配してたっていうのに」


「分かってる、ごめんね。でも、心配してくれてるって思ったら嬉しくなっちゃって」


「うるさい。そんなに心配もしてなかったよ」


 悠稀君は拗ねたようにそっぽを向く。これが照れ隠しの動作だってことは、一ヶ月近く一緒にいるから分かる。また微笑ましくなって笑うと、悠稀君は


「何笑ってんだ」


 と言ってさらに拗ねる。可愛いな、と思う。するとふと、瑠璃さんの言ったことを思い出し頬が熱くなる。その変化を見逃さなかったのか、


「今度は顔が赤いぞ。ほんとに大丈夫か。情緒不安定だな」


 とにやにやする。一転攻勢だ。これでは私が悠稀君を意識しているみたいで何だか腹立たしい。


「何でもないですーだ。それより、悠稀君が行ったら悠稀君の宝箱があって、私が行ったら私の宝箱があったってことは、きっと陽菜ちゃんの宝箱もあるはずだよね。今日、行ってみない?またあの星があるかも」

「そうだな。それがいい。真昼か夜にしか出ていないと思う。それ以外の時間は、歩いていても星は無かった」

「情報ありがとう。そしたら、陽菜ちゃん今日の昼、森に行こうか」

「うん!」


 陽菜ちゃんは元気に返事をする。陽菜ちゃんも昨日はぐっすり寝れたらしく、今日は活力に溢れている。

 昼食をとってから、私達三人は真昼の星に着いて行った。しかし一時間歩いても二時間歩いても、不思議な動物たちは現れなかった。


「何か、おかしくない?一向に何の動物も現れないよ」

「確かにおかしいな。陽菜、森に行ったことないよな」

「うん。ないよ」

「陽菜ちゃん一人で行かないとダメなのかな。私の時は、草原じゃなくて荒原に辿り着いたし、ユニコーンじゃなくてクリオネだったよ」

「そうなのか?だとしたら一人で行かないと駄目なのかもしれないな。残念だけど、戻るか」


 私と陽菜ちゃんは頷く。そして、元来た道をゆっくりと戻っていった。


 旅館に帰った頃にはすっかり日が暮れていて、秋の日は釣瓶つるべ落としということわざを身をもって感じる。

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