(十三)

トントン。


 ドアをノックすると、瑠璃さんが鍵を開けて中に入れてくれた。


「どうしたの?まだ待ち合わせの時間じゃないし、ここ、冬の旅館だけど」


 そう言って自分の下を指差す。「ここ」という意味だろう。彼女のそういう仕草には、「女らしさ」がある気がする。詳しいことは分からないが、高校三年生だけあって一つ一つの動作に落ち着きや美しさがある。所作しょさという言葉を使いたくなる程だ。「女らしさ」なんて言ったら、今の時代叩かれてしまうのだけれど。


「さっき、悠稀君が旅館に戻ってきて、クリスタルの宝箱を抱えていたんです。その中には暗号があって、それを見つけた場所が、私たちが行こうとしていた森と同じなんです。だから、行かなくていいということを伝えに来ました」

「そう、わざわざありがとう。後でその暗号の紙の写真、送ってくれないかしら。ちょっと疲れたからそっちの旅館に今日は行けないけれど、一刻も早く解読作業に取り掛かりたいから」


 と言って小さく笑う。これにも「女らしさ」がある気がする。


「分かりました。じゃあ後で送りますね。おやすみなさい」

「おやすみなさい。……あ、そうだ」


 ドアを閉める寸前、彼女は思い出したように私を引き止める。


「悠稀君とはその後どう?なにか進展あった?」


 そう言ってにやにやと笑う姿は私の知っている女子高生そのものだった。


「特に何もないですよ。もし、もし万が一何かあったらお伝えしますね。じゃあ今度こそ、おやすみなさい」

「ふふふ、楽しみにしてるわ。おやすみなさい」


 ちょっと芝居がかったように言って、彼女はドアを閉めた。私は笑いながら小さく息をついて秋の旅館へと戻る。


 旅館へと戻る道すがら、夜空で一際ひときわ輝く星を見つけた。これが、悠稀君が東方の三博士の話を思い出した星だろうか。しかし私には、誘惑をするサタンのようにも見えてくる。それくらいにその光は強烈で、蠱惑こわく的だった。

 悠稀君の話通りなら、私はこのあとユニコーンに出会うはずだ。

 この星は、私にとって東方の三博士というよりアダムとイブが禁断の果実を食べてしまう話を思い出すものだ。それくらい、悪魔の魅惑のようなものを感じる。昼と夜では、輝き方や人の惹きつけ方が違うのだろうか。


 どれくらい歩いただろうか。いつの間にか、目の前には荒れた野原が広がっていた。そこには、クリオネのような小さな動物が、宙にひらひらと浮かんでいた。


「ねえ、あなたが私を森へと導いてくれるの?」


 尋ねると、クリオネはゆっくりと進んで行った。私はそれについて行く。クリオネの輝きだけが、荒原を照らす太陽のように煌々としていた。

 暫くすると、確かに先程までとは違う真っ黒な森が現れた。悠稀君の言っていたことが、今ならよく分かる。これは、真っ暗では言い表せないほど黒々としている。真っ黒だ。まるで、旅館のある繁華街にはなかった『黒』を、全て集めたかのように。


「この先に、『自分の欠片』の手がかりがあるの?」


 そう言うと、クリオネは一回転してからさらに奥に進んだ。私も黙ってついて行く。

 三十分程歩いた先に、それはあった。ただし、私のは悠稀君の宝箱と違い、まばゆいほどのピンク色に輝いているけれど。


「うわぁ、凄く綺麗」


 息をむほど美しかった。思わず声に出してしまう程に。中を開いて見ると、やはり中には紙切れ一枚だけが入っていた。宝箱を小脇に抱え、クリオネに道案内をしてもらい、帰路を辿る。

 旅館に戻った私は、久しぶりに泥のように眠った。

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