(十一)

 

 つまんない。つまんない。ぜーんぶつまんない。

 折角この世界に来たのに、また俺だけひとりぼっち。つまんない。つまんない。そんな自分も、ガキ臭くてつまんない。

 あいつらはきっと旅館をうろつく。だから俺は旅館は探さない。その周辺を探す。旅館以外にも沢山ある。それほどまでにこの『雲』の世界は広いのだ。

 

 ポケットに手を突っ込み、『ここ』の世界にもありそうなテーマパーク(と言ってもこれもまた季節がモチーフで、幻想的なことには違いないのだけれど)を横切る。すると、ふと見上げた空に、まばゆい光を放つ星が一つ、浮かんでいた。


「……聖書かよ」


 思わず苦笑する。キリスト教の教えを基調とする学校に通っているから、東方の三博士の話くらいは知っている。確か、美麗もそうだったっけ……っていけない。最近何でも美麗と関連付けようとしてしまう。とりあえず、あの話通り星について行くか。

 真昼に星が見えるなんて話は全くもって有り得ない。しかしこの世界だから、と言われてしまうと納得出来る。この世界は何が起こっても不思議ではないから。

 どれくらい歩いたのだろうか。いつの間にか繁華街は抜けたらしく、物静かな草原が拡がっていた。そう思った瞬間、目の前にふさふさとした綺麗な尻尾のようなものが現れた。


「何だ、これ」


 口に出すと、少し冷静になれる。本当に、何だこれは。馬、のはずなのだ。しかし何もかもが違う。真っ白い毛並み、パステルカラーのたてがみ、そして、頭に立派に生えている、つの。 


 ユニコーンだ。……空想上の話にしかいないと思っていたが、直ぐにこの世界が非現実的なものであったことを思い出す。


(こっち)


 と言うかのようにユニコーンが顔を振る。しばらくついて行くと、


(乗って)


 と言わんばかりに背中を向けてきた。きっと人間の歩く速度が思っていたより遅かったのだろう。大分歩いて疲れていたので、お言葉に甘えて(ユニコーンは喋っていないのだが)乗せてもらうことにした。乗馬の経験はないため振り落とされるかと思ったが、そんな俺の気持ちを見越してか心做こころなしかゆっくり走っている気がする。有難い。


 風を切って進んでいった先には、真っ暗な森が広がっていた。どこを見ても闇。闇。闇。明るさという明るさが消えていて、ユニコーンの体の輝きがなければ本当に何も見えないほどだ。

 闇に目が慣れてきて分かった事がある。この森は、向こうにはない『黒』を凝縮したような、まさに漆黒という言葉が似合う森だ。森林を構成する木も黒、飛んでいく鳥もカラスやコウモリのような黒い鳥ばかり。そして空には文字通り暗雲がたちこめている。まるで『アンパンマン』に出てくるバイキンマン城のある辺りのようだ。


キイ。キイ。バサバサ。バサバサ。ゴウゴウ。ゴウゴウ。


 木々が揺れる音。鳥が飛び立つ音。その全てが不気味で、森全体が俺に帰れと訴えているようだ。

 ユニコーンは森に入ってから更に三十分ほど走り続けた。走って、走って、走って。着いた先には驚く程に光り輝く、そして小さい宝箱があった。ユニコーンは、そこで止まった。

 気を抜いたら吸い込まれる。そう思ってしまうくらいこの宝箱は強烈な光を放っている。恐る恐る近づき、宝箱を開く。

 その仰々しい見た目とは相反して、中には紙切れ一枚がぽつんと入っていた。ちぇっと毒づく。かれこれ旅館からここに来るまで二時間程経っているのに、その報酬ほうしゅうがこの紙切れ一枚とは。悔しいので宝箱ごと脇に抱える。そして、ユニコーンに乗り、元来た道を戻っていく。

 

 ……なんて話そう。この宝箱を見つけたことは、勿論美麗達に報告すべきだ。でも、この事を話せばきっとあの後から来た三人組にも伝わる。先とか後とか、我ながら子供っぽくて呆れるけど、折角美麗と陽菜と仲良くなれたのに、取られたようで少し悔しい。いや、かなり悔しい。だから俺はあいつら三人組とあまり仲良く出来ないと思ってここに来た。 


 ……美麗にだけは、伝えたい。陽菜の口がかたいのは百も承知だが、美麗にだけ伝えたら、その特別さをわかってくれるかもしれない。 

 ……やっぱり子供っぽい。

 

 ユニコーンはいつの間にか、秋の旅館へと俺を運んでくれていた。

 

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