(十)

 三人に出会ってから怒涛の『自分の欠片』探しが始まった。まず最初の四日間で、春夏秋冬全ての旅館を回った。その結果全旅館に図書館があることが分かったので、次から図書館の本から『自分の欠片』の手がかりを探すために、一つの図書館に二日間かけて調べることにした。そして今日がその四日目、『自分の欠片』探しを始めて八日目だ。

 夏の旅館は、その名の通り旅館周辺は猛暑日の暑さが続いているが、図書館内は暗く冷房も聞いている為涼しく快適だ。図書館には私達五人しかいないため、私達のスリッパが床とれる音だけが響いている。


「途方も無い作業だね、お姉さん」


 陽菜ちゃんが小さくため息をつき、近くにあった椅子に腰掛ける。疲れているのだろう。それもそうだ。この一週間、ずっと旅館や図書館内をぐるぐると回っていたのだから。


「そうだね。あるかも分からないしね」


 と言って私も苦笑し、陽菜ちゃんの隣に座る。

 そうなのだ。ここにあるか分からない。それが私達の心を重くしている要因だった。そもそもこんなに人が出入りできるような所にあるかも怪しいし、『自分の欠片』についての手がかりを本の中に残しているかも怪しい。そう思っていた矢先だった。


「ね、ねえ!み、皆見て!」


 図書館に似つかない声を上げたのは、美由紀ちゃんだった。


「こ、これ、なにかの暗号じゃない?れ、歴史小説に挟まってたんだけど……。じ、『自分の欠片』についてのものかは、わ、分からないけど、よ、読み解ければ、き、きっと何か分かるかもと思って」


 そう言って見せてくれた暗号は、記号や数字で構成されている、とても短いものだった。

 

〈%…8〉

 

 探偵小説は好きだし、暗号解読の話も何度も読んだが、この暗号は分からない。第一、情報量が少なすぎる。何を手がかりに解き始めたらいいのか分からない。


「こ、この歴史小説、き、九巻構成になっていて、全部にこの暗号が挟まってるの。き、きっと全部繋がってると思う。」


 歴史小説に挟まっていた九枚の紙に書かれていた暗号は、以下の通りである。

 

〈 %…8 〉

〈 %…^… 〉

〈 =%¥( 〉

〈 ♪7 〉

〈 154 〉

〈「○<($ 〉

〈 %(=(… 〉

〈 2€9 〉

〈 1| 〉

 

 ……お手上げだ。情報量も少ない上に、規則性がない。それは他四人も同じようで、紙を見たまま止まっている。

 しばらく沈黙があった後、ぼそっと呟く声が聞こえた。


「これ、キーボードだ」


 声の主は瑠璃さんだった。キーボードというと、パソコンのキーボードだろうか。しかしそれが何と関係して……


「これ、スマホの日本語キーボードを開いてる状態なんだ!でもひらがなが並んでる方じゃなくて、数字が並んでる方。その状態で単語を打ったんだよ!」


 私の思考を遮るように瑠璃さんは一気に推理する。頭の中にスマホのキーボード画面が浮かぶ。確かに間違えて数字画面にしてしまった時の誤変換はこんな感じだった気がする。


「その方法で解読すると……」


 瑠璃さんは顎を松葉杖を抱えた手の上に置いて、すっかり探偵モードだ。反対の手でペンを持ち、紙に解読した暗号を書いていく。

 

〈しんや〉

〈しんりん〉

〈ふしぎ〉

〈うま〉

〈あなた〉

〈みちびく〉

〈じぶん〉

〈かけら〉

〈ある〉

 

「解読したはいいけど……どういうことだろう。深夜、森林、不思議、馬、あなた、導く、自分、欠片、ある……。詳しいことはまだ分からないけれど、少なくとも『自分の欠片』のことに関する暗号であることは確かね」


 そう言って瑠璃さんは目頭を押さえる。多分瑠璃さんも疲れている。この一週間、誰よりも多く動き回って探していたのは他でもない彼女だったから。


「……もしかしてだけど、」


 静かに声を出したのは、りりかちゃんだった。


「……これ、深夜にどこかにある森に行くべきなんじゃないかな。……不思議な馬が深夜に現れて、その馬が私達をその森に導いてくれる。そしたら『自分の欠片』が見つかるんじゃないかな……」


 最後は消え入りそうな声だったが、彼女の推理は正しそうだ。皆も頷いている。早速さっそく今夜、二十三時に秋の旅館で待ち合わせということになった。

 

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