(九)

 少し気まずい沈黙が流れてから、


「えっと、名前、聞いてなかったね。二人の名前を教えて?」


 と瑠璃さんが口火を切った。そういえばまだ名乗っていなかったことに気が付く。相手の自己紹介を聞いて、自分もしたつもりになっていた。


「神崎美麗です。中学三年生で二週間前からここに来ました。私も上手く学校に通えていません。そしてこちらが三原陽菜ちゃん。小学四年生。りりかちゃんと同じクラスの子です」

「私も不登校です」


そう陽菜ちゃんが付け足して私たちの自己紹介は終わる。


「ありがとう。じゃあ、美麗ちゃん、陽菜ちゃん、改めてよろしくね。二人は、どこまでこの世界を散策したかしら?」

「……正直、この二週間は『自分の欠片』の事は忘れて楽しもうって話になっていたので、遊んでいたんです。だから、『自分の欠片』についての手がかりは瑠璃さん達と同じ事しか掴めていません。ですが、私たちが泊まっている秋の旅館と、夏の旅館にあるプールには行きました。後、春の旅館の野菜畑にも。でも、『自分の欠片』らしきものも、その手がかりのようなものも見つかりませんでした」

「なるほど……。ありがとう。これは難航しそうね。とりあえず、ここからの二週間は『自分の欠片』探しを徹底しましょう。この『雲』の世界を総なめする心づもりでね!」


 そう言って、瑠璃さんはウインクをした。あまり上手ではなかったが、人を惹きつける力が彼女にはある。


「あ、あと……」


 声をひそめて私の耳元で囁く。


「さっきの男の子と、部屋同じよね。彼が収集した情報も、ちゃんと聞き出して欲しいの。きっと彼も『自分の欠片』探しを始めるはずよ。それに……」

「それに、何ですか?」

「彼、あなたのことが好きなんじゃない?」

「え?」


 目からうろこである。そんな様子は微塵みじんもなかった、と思う。それにまだ悠稀君と出会って二週間だ。恋が始まるには早すぎる。第一瑠璃さんが私達の関係を知れたのはさっきの数十分だけだったのに。


「どうして、そんなことが分かるんですか?」


 そう言うと、瑠璃さんはふふっと笑って


「女の勘よ」


 と言ってまた不器用なウインクを浮かべて、彼女達が泊まる冬の旅館へと行ってしまった。

 春なのに木枯らしが吹いたような、そんなざわざわとした気持ちになった。

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