(五)
この世界は本当に不思議で、幻想的だった。四季が至る所に散りばめられていて、桜、チューリップ、
「うわぁー、広い」
思わずため息が出てしまう程広い部屋に案内された。ここにこれから三人で暮らす。私達があの電車に乗る人を選ぶことは出来ないから、つくづく運が良かったと思う。この二人と一緒に過ごせるなら
眺めも良く、ここから秋の旅館一体が見晴らせる。紅葉や秋のフルーツの木も見えるし、窓を開ければ爽やかな秋風を胸いっぱいに吸い込める。最高だ。
悠稀君は海水浴がしたいと夏の旅館を希望していたが、秋の旅館になった為少し不機嫌だ。しかし秋の旅館から夏の旅館までは五百メートルもない。行きたくなったら夏の旅館まで行くという約束でまとまった。
陽菜ちゃんは秋の旅館に大満足のようで、辺りを忙しなく目回しては感嘆のため息を漏らしていた。小学四年生らしい、素直な可愛さがこの空間で弾けている。
「お姉さん、何してるの?」
陽菜ちゃんがいつの間にか部屋の散策をやめ、私の前に立っていた。
「えっとね、本書いてた」
「凄い!お姉さん、作家さんなの?」
「ううん、全然凄いものじゃないよ。ただ、今しか書けないことを書いておきたいなと思って。趣味みたいな感じだよ」
「へぇー、凄いよお姉さん。完成したら読ませてね。サインも欲しいなあ」
陽菜ちゃんはただ嬉しそうに何度も「凄い」を連発していた。私は少し照れくさくなる。昔から、趣味で小説を書くことが多かった。人に見せたことは無いが、大体がファンタジーで見せるのが恥ずかしいという思いも幼いながらにあったのかもしれない。しかし、陽菜ちゃんになら完成したら見せてもいいと、心から思えた。
「なになに、美麗本書いてんの?すげぇじゃん」
と言って悠稀君がノートを取り上げる。油断していた。取り返そうと思ったが、あまりにも真剣にノートを見ていたのでその気力も失せる。
「ありがとう」
「なぁ、陽菜の次、俺な」
「何が?」
「サイン」
思わず吹き出してしまった。陽菜ちゃんだけでなく悠稀君までサインをねだるとは。しかもまだ作家にもなっていない中学生に。嬉しさと恥ずかしさとでむず痒い。
「あげるよ、サイン」
「やったね。作家の友達ゲット。やっぱり『自分の欠片』探そうぜ。俺このこと忘れたくねぇ」
全く。人が感動しているというのに台無しである。しかしこの方が悠稀君らしい。
「ねぇねぇお姉さん」
「どうしたの?陽菜ちゃん」
「私も作家になりたい」
悠稀君の時とは違う笑みが、思わず零れる。私もすぐ、周りに影響を受けて色々と始めたものだ。それがあって、今の私がある。だから、陽菜ちゃんのこの真っ直ぐな思いにも答えてあげたい。
「いいじゃん。そしたらさ、毎日日記つけてごらんよ。そうするとさ、いつか忘れちゃう今の思いを、ずっと取っておけるよ。そうしたら色んな小説が書ける」
陽菜ちゃんの顔がぱあっと明るくなる。そして満面の笑みを浮かべ、
「うん!お姉さん、私これから毎日日記書くよ。約束」
「うん。約束」
そう言って、私たちは指切りを交わした。
そんな私たちの様子を、どこかつまらなそうに、拗ねた子供のように、悠稀君は見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます