部屋の片隅で 2023/12/07

 ある少女の部屋の片隅で、一体の髪のキレイな市松人形が静かに佇んでいました。

 その人形は少女のために買われ、始めの内はとても可愛がられていました。

 ですが、しばらくして髪が伸びてくる様になってからは、少女は気味悪がり、触らなくなってしまいました。


 ある日のこと、少女は人形がいつもと違うことに気づきました。

 なんと、長かった人形の髪が短く切られていたのです。

 そのことを両親に報告しますが、不思議がるばかりで、何も分かりませんでした。


 不気味に思いつつも、特に何もすることはなく月日が経ちました。

 その間にも人形の髪がどんどん伸び続けました。

 少女は思いました。

 この人形を監視すれば、髪が短くなった理由が分かるのではないかと。


 それからというもの、少女はずっと人形を監視しました。

 ある日、監視の疲れで寝てしまったときのことです。


 シャッキン、シャッキン、シャッキン。

 なにか金属がこすり合う音で目が覚めました。

 少女が目を開けると、とても驚きました。


 なんと人形が、自分で髪を切っていたのです。

 それを見て少女は恐怖ではなく、怒りを覚えました。

 そして少女は人形の持っていたハサミを奪い取り、そして―




 ✂ ✄ ✂ ✄ ✂ ✄ ✂ ✄



「そして、その人形の髪を切ってあげたの。だって雑に切って、キレイな髪が台無しになっていてね。許せなかったのよ」

「へえ、それが初めての体験なんだ?」

「そうなの。うまく切れなかったけど、それでも喜んでくれてね」

「それが散髪屋を始めた理由?」

「そういうこと」


 少女は客と談笑していた。

 少女は慣れた手つきで、客の髪を切り上げていく。

「よし完成。鏡で確認してみて」

「お、いい感じ。ありがとう」

 そう言うと、客は満足したようにお礼をいう。


「下ろしてあげるね」

 そう言って少女は、客の小さな体を抱えあげ、椅子から下ろす。

「いい出来だよ。他の人形たちにも宣伝しておくよ」

「ありがとう。また来てね」



 ✂ ✄ ✂ ✄ ✂ ✄


 ここは人形専門の散髪屋。

 この散髪屋は、部屋の片隅で営業しています。

 この散髪屋の評判を聞きつけ、沢山の人形がここに訪れ、そして満足して帰っていかれました。


 髪でお悩みの人形の皆様。

 どうぞ、この散髪屋にお越し下さい。

 あなたのことを、この部屋の片隅でお待ちしております。

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