第31話 俺の知らない関係

 自然の驚異というものが肌身に染みたのは、いつぶりだろうか。

 前世では家に帰れず、夜中まで外でやり過ごす日もあった。台風に真夏日、ああ雪の日もあったな。

 今の気候はそれを思い出させる。嵐の中を歩いているような、自然の恐怖との隣り合わせ。重い雨具で雨をしのぎ、突風は気合で我慢。ぬかるんだ土に足を取られないよう、用心深く歩き続ける。だが、プロの足取りにはまるで歯が立たない。

 そんな生活が始まって早一カ月。


「これは一体、どういう状況なんだ」

「ええ、頑張りましたよ。頑張りましたとも」

「いや、そうではなく……」


 たまには振り回されろ。それでこっちの苦労を思い知れ。


 困惑する勇者や付いていくので精一杯の俺をよそに、ズカズカと先を歩く四名の後ろ姿。ガリア筆頭の一級傭兵たちである。獣道が嘘みたいにすいすい歩くうえに、なんなら、息を切らす仕草や疲れた様子を微塵も見せない。

 経験値の違いを存分に見せ付けられてしまった。

 軽く絶望していると、先行隊から二人、俺達の元へやって来て、


「おい、同行だけだからな。下手な真似したら承知しねえ」

「アンタ達のことは、アタシが監視してるから。変な動きは一つも出来ないと思いなよ」

「そこは弁えてるつもりです」

「「フンッ」」


 敵意が無い事を再三確認されるが、無いものは無いので、日を跨ぐ度にこのやり取りは続いている。

 今回の依頼は、火の国マズルで起きた不審死の調査。

 どうやら、死体に残った傷が記録上の魔物とは形状が違うらしく、念には念をでガリア達が選ばれたらしい。

 傭兵ギルドとしては極力死人は出したくない、なので強いパーティであるガリア達が採用されたというのが今回の運び。

 だが、


『あの、私達が同行するのは一件分だけで――』

『だから、その一件分だろう』

『いやいや、他の依頼も引き受けてたじゃないですか』

『依頼の一件分とは、一度引き受けて完遂するまでだ。今行っているのは、"ついで"だ』


 傭兵ギルドは国からそれなりの信用を得ているようで、金さえ払えば大抵の仕事はこなすのもあって、わりと重宝されているらしい。

 その筆頭である一級傭兵ともなれば信頼は絶大で、高難度な依頼も一極集中する。結果、依頼が殺到し、仕事を捌くには他の依頼も並列で受けて、寄り道がてらに完了……という流れで仕事をしなければならないという。

 で、俺達は今それに付き合わされている状況。何ちゅう屁理屈だ、と文句が出掛けたが、勇者と同行出来ているのもまた、この屁理屈のお陰である。文句を言える立場でもないので、


『この俺相手に三級程度が吹っ掛けるとは、豪胆な奴だ。なら、その礼には礼で返さないとな』

『はぁい……』


 泣き寝入りするしかなかった。まあ、目的が達成出来ただけ上振れか。収穫ナシが下限じゃない、そのうえで半殺しまでなら覚悟してたし。


『何がそこまでさせるんだ? まあ、その理由があのクズにあるとすれば、どうしようもなく哀れだがな』


 冷たい言葉で済んだだけ、良しとしよう。


 それから、俺達は三カ月かけてガリアパーティと同行。一カ月で水の国の手前まではやって来た。しかし、この長旅は想像以上に過酷なものだった。


「それにしても、アイツらヤバいですね」

「まあ、伊達に一級戦力ではないな」


 正直、同行している間、命がいくつあっても足りない瞬間はいくらでもあった。しかし、そいつらは日常とでも言わんばかりに涼しい顔で嵐の中を進み続ける。

 例えば道中、俺達は空飛ぶ巨大な竜に遭遇した。俺のような三級なら何が何でも逃げろと言われる存在だが、ガリア一向は連携をそのままに立ち向かったかと思えば、あっという間に倒して見せた。

 とぐろを巻く蛇を彷彿とさせるソレは、翼を羽ばたかせながら上空から火炎放射器のようなブレスで牽制を仕掛けた。しかし、毒舌女が魔法による雷で墜落させると、男二人が羽をバラし、ガリアが剣を突き立てて口を封じる。

 身動きが取れなくなった竜を袋叩きにし、ものの数分で絶命。解体を終えて必要なものを回収すると、何事もなかったかのように旅を再開。

 そんな一方的な虐殺を、巨大な怪物を相手に何度も繰り広げる始末。一級戦力の強さを嫌というほど突きつけられた。


 俺達もどうにか敵はいなしてるが、連携という点では確実に後れを取っている。機動力に優れた飛行生物が相手では、必然と後手になってしまう。強ければなおさら。


「アレ、本当に俺らと同じ位なんですか? 尋常じゃない強さしてますが」

「また一つ強くなっているな。さすが一級戦力、といった所か」

「何強者気取ってるんですか。俺達はアイツらの腰巾着ですよ、捨てられたら終わり」

「……そうだな」


 勇者の口元が少しだけ緩む。しかし、真っ直ぐ見据えた瞳には、どこか寂しさが見え隠れしていた。

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