第30話 俺の取引

 冗談は辞めてくれと天を仰いだが、変わらず値踏みするような視線を向ける四名。いわゆる真剣と書いて本気マジなんだと理解して、思わず溜息が零れた。

 そんな険悪な雰囲気の中、店員がお冷を用意すると、テーブルの上にトン、トン、と小気味良くコップが置かれては、水が注がれていく。目が合ったが、まあ警戒丸出し。だったら最初から呼ぶなよとも思うが。


「すみません。私には身に余ります」

「一級傭兵の俺が頼むと言っている。それだけで資格は十分」

「……私みたいな雑魚じゃ足並み揃えられるとは到底思えませんが」

「根拠は」

「貴方の装備、泥水の跡は見えたけど傷がない。剣も刃こぼれらしき形跡が無い。戦闘の多い傭兵にしては不自然、少なくとも私は最低ランクの傭兵。無理でしょ、普通に」

「カモフラージュの可能性もあるだろう? 例えば新調した鎧にあえて加工したとか」

「それはないんじゃないですか。こんな物騒な世の中で、そんな奴に人はついてこない」


 目を見張る三名。ボスと思われる剣士は口角を吊り上げ、「それなりの目はあるようだな」となぜか高評価。頭が痛くなってきた。


「お前達の活動記録は見させてもらった。どうやら既に依頼はいくつかこなしているようだな。それも討伐が伴うものを複数。アレを率いて、ここまでの戦果を挙げられるのなら、それだけで十二分であろう」

「そうでもないですけどね。私はただの小市民です」


 全部本当のことを話したつもりだ。くだらない謙遜だ、と一蹴されたが。


「アレに何か弱みでも握られてるのか?」

「弱み、ですか。どうなんでしょうね」

「仲間になれば、アレを遠ざけることも可能だ。悪い話じゃないと思うが」

「ハハハ、ご冗談を」

「この後に及んで、俺が冗談を言うとでも?」

「誰かに妨害された所で、あの男は諦めるタマじゃないですよ。それは、貴方達が一番良く知ってるんじゃないですか」


 四人の目付きが変わった。品定めから敵意、ね。どちらも不快指数は大して変わらないか。本当に帰りたい。


「何を吹き込まれた」

「色々。ここでは話せない内容です、よね? 剣士サン」


 瞬き一つで現れる剣先の数々。当然、矛先は俺の顔面。ビビりはするが、怖気づきはしない。死線を潜り抜けすぎて、感覚が麻痺したと言われればそれまで。ところで、喉が渇いた。この水飲んでもいいんだろうか、毒入ってたりしないよね。


「動揺も無い、か。ルーキーの器ではないな」

「一回やられたんで」


 そこで、先程出会いがしらに暴言を吐いた若い男と女が割って入る。美形なのに、ガンの飛ばし方が任侠映画ばりの迫力だった。


「お前、気に入らねえな。ルーキーの分際で何涼しい顔してやがるんだ? 身の程弁えさせてやってもいいんだぜ?」

「それは勘弁ですね」

「だったら、少しでもへりくだるべきじゃない? 折角ガリアが勧誘してやってんだからさ」

「それも勘弁ですね」


 せめて名乗れとは思うが、関わりたくないので、名前も聞かないし言わない。その判断は、この二人にとってスカした態度として認識されたようで、


「コイツ、やっちゃって良いスカ?」

「そうですよ。こんな奴じゃなくて、アタシ達だけでもッ」


 テーブルを土足で踏み、身を乗り出す二人。片方の青年は人の襟首を掴んでくるわでやりたい放題。オホロ山で鍛えてなければ泣いてたかもしれん。


「殴ってみろよ、雑魚」

「殴りませんよ。だって」


 お兄さんの後ろ、とんでもないことなってるし。

 すると、その青年の背後からぬっと無骨な手が伸び、青年の頭を掴んで思い切りテーブルに叩きつけた。ガァン、と鈍器で殴られたような悲鳴を上げる。ヒリつきが更に増した。


「今、俺が会話してるんだろうが。邪魔するな」

「しゅ、しゅみましぇん」

「彼らはまだ若くてね。血の気は多いが悪い奴じゃない。無礼は僕が詫びる。申し訳ない」

「いえ、私も無礼を働いてしまったようで、すみません」

「気にしないでくれ。非は此方にある」


 さっきまでの威嚇が完全に形を潜めて、隣で青ざめた女と一緒にすごすごと引き下がった。お叱りを受けて小さくなっている姿はさながら犬である。その不始末を拭うように、残る優男が深々とお辞儀した。ボスには頭を下げさせない為に自分が泥を被る、というスタンスか。とんでもない忠誠心だ、こういうタイプが変に煽ったら手に付けられなくなるんだよな。


「というわけで、これ以上失礼はしたくないので、ここらで私はお暇致します――」

「此方の話はまだ終わってないが?」


 駄目でした。それとこれは別らしい。


「本当に戦力外だと思いますけど」

「ガリアの目に狂いは無い。僕らの主は本質を見抜く」


 念押しも通じない。仕方ない、どうせここらで反発したり、無理矢理逃げようとしたところで半殺しにされるのがオチ。とはいえ勇者を呼べば辺り一帯吹き飛ぶだろうし。

 仕方ない、どうせやられるなら思いっきりふっかけるか。


「……取引しませんか」


 俺の言葉を合図に、また一つ間が出来る。静まり返った緊張が漂う中、ガリアが口を開いた。


「取引、ほう」

「まず、私も貴方達の依頼に同行します」


 言葉を受け止めると、その後、考え込むように再度沈黙が流れた。空気が凍りついたかのような静けさが室内を満たす。


「対価は?」


 鋭い声による問いに対し、微笑みを貼り付けて応じる。


「この依頼に、勇者を同行させてください」

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