第29話 迷い

障害記録(依頼失敗内容から一部を抜粋)

 1.土の国周辺に出没した銀狼の討伐、もしくは撃退。

   結果:担当パーティ四名中、三名が死亡。銀狼を取り逃がし、討伐は失敗。

   原因:討伐困難な低水準のパーティを派遣した為。

   生存者:勇者。

   パーティの維持は困難、解散。

 2.トラヴィス領境近辺に出没した龍の巣の駆除。

   結果:担当パーティ五名中、四名が死亡。龍の巣の駆除は成功。

   原因:討伐困難な低水準のパーティを派遣した為。

   生存者:ルミ・マクドネル、勇者。

   パーティの維持は困難、解散。

 3.魔獣アロンドラスの討伐。

   結果:担当パーティ十名中、八名が死亡。別パーティの応援により、魔獣アロンドラスの討伐は成功

   原因:討伐不可能な低水準のパーティを派遣した為。

   生存者:セス・ベアリエル、勇者。

   パーティの維持は困難、解散。


 以上の案件のリーダーを担当した傭兵名"勇者ゆうしゃ"は、当ギルドに対し、不用意な人員の削減という甚大な被害を与えた。よって構成員として不適格と判断、傭兵資格をはく奪とする。



 書類に書き記された内容は、頭を真っ白にさせるには十分すぎるものだった。


「……これが、彼の冒してきた過ちです。それでもなお、貴女を仲間に引き入れ、魔王討伐という妄言の元、人を扇動し、自分だけがのうのうと生きている。貴女はそんな男に協力しようとしてるのです」

「ユートさん、これは本当のこと……なんですよね」

「ああ、そうだ」


 勇者の嫌われている理由。自業自得だと揶揄やゆされる理由。文面の中で暴れ散らかす凄惨な光景が、俺が見て見ぬ振りをしてきた不安をより増長させる。

 気にはなっていた。オホロ山を訪れた時、傭兵ギルドに入ることを勧めた時、そして野宿が主生活だというのに最低限の準備が出来るだけの金。一体そんな情報や資源、どこから仕入れているのか、と。


 それがコレか。


「アンタは、そんなに恨みを買っている人間から教えを請おうとしたのか」

「他に頼れる人材がいない」

「馬鹿野郎。そこまでして魔王討伐か?」

「ああ」


 所詮、無駄な願いだ。こんなに人死にを作っているのに、自分の立場を失っても尚、人を死に追いやる真似をしているんだ。俺程度の言葉で考えが変わる訳ない。

 俺も同じように断ればいいだけだ。あのクソガキが言ってた通り、親のツテを使って、国に帰ればいいだけの話。死にたければ勝手に死ねばいい、自分の為に生きることを徹底するなら、そう断らなければいけない。

 確定しているのは、情にほだされて付いていけば、ほぼ確実に俺は死ぬということ。そして、死んだところで勇者は他の誰かを見つけて旅を続けるであろう、ということ。


 割り切れるのか、それとも。


「シアさん。何故、私と貴女の関係のように一パーティにつき、スタッフが担当しているかわかりますか」

「……わかりません」

「パーティ同士による内輪でのやり取りを極限まで減らす為です。パーティ間のやり取りだけですと、序列の高い人員、もしくは経験豊富な人員が優位になる形で進めてしまう。それを防ぐ為に、私は貴女についたのです」


 クリスさんは、この時を待っていたようだった。業務を優先して口をつぐむ姿はいくつかあった。そんな人間が今、こうして俺を引き留めようとしている。俺が説得する側だったら絶好の機会。

 そんなことない、と口にする材料が情しかない。

 だが、そんなものを勘定に入れる資格、俺にはない。


「これは個人的なお願いです。どうか、どうか考え直してください」


 どうすれば良いのか、理屈では分かっている。

 それでもどうすべきか悩んでいる自分に、物凄く吐き気がした。


◇ ◇ ◇


 あれから三日が経った。修行は手に付かず、悶々とした日々が続いている。答えは纏まらないし、精神的余裕もない。時間と金が湯水のように流れる最悪の状態。せき止める方法は未だ見つかっていない。


「こんなの、どうしろってんだよ」


 クソガキの手は借りたくないという建前の元、本当は誰とも顔を合わせたく無かった。なので、依頼で得た賃金でいくつかの宿を梯子する生活を送っている。だが、こんなもの散財と変わらない。旅に支障を来すのは確実だ。

 さっさと諦めろよ。良い人ぶってないで、とっとと見捨てろ。そんな言葉が頭の中で湧き続けている。そして、俺自身それが正解だと自覚している。


「やめだ。もう一人じゃどうしようもない」


 何も考えたくない。せめて、外の空気でも吸いたい。

 逃げるように俺は、自室の宿から出て外を散策する。どいつもこいつも人生に熱中しているような顔してやがる。きっと俺の悩みなんてくだらないと一蹴するんだろう。


「昔に戻ったみたいだな」


 色褪せた日常。何かに浸る余裕もなく、ただ生きる為の最適解だけを通過する人生。望んだ答えは当然ない、ただ敷かれたレールの上を走るだけ。

 本当にくだらない――


「あ?」


 見覚えのある奴が向かいから歩いてくる。先日ボコボコにした勇者を送り付けて来たパーティの面々だった。泥水でも被ったか? 土色の水滴が端々にこびり付いている。それでいて、傷らしき傷はない。派手な戦いはやりましたが、無傷ですってか。強者って奴なんだろう、素人でも感じ取れるくらいには。

 悪い予感しかしない、さっさと逃げ――


「誰だ」気付かれた、サイアク。

「あー、すみません。気に触っちゃいましたかね」

「お前は……」

「名乗るのは辞めておきます。関わりたくないでしょうし」


 そう言って立ち去ろうとした。しかし、


「待て」

「え?」

「話がある。付き合え」


 今日は最高に運が悪いかもしれない。逃げるのは無理そうだ。


 場所を移して大衆食堂。人気があるらしい、活気にあふれていて、席はほぼ満員。俺が入れる余地はないと思ったが、屈強な男剣士が店員に声掛けすると、サムズアップで唯一空いていた窓際の席へと案内された。顔パスらしい、特等席というのが正しいのかもしれない。

 最高に居辛いが、「座れ」と言われたので、大人しく席に着く。窓際奥……逃がす気もないと。


「好きに頼んで良い、金は出す」

「ええ……自分で払いますよそれくらい」

「謝礼だ。大人しく受け取れ」

「ガリアさんの顔に泥塗る気か?」

「ぶち殺すぞ」

「口縫うぞ」


 この人達、治安悪すぎないか。


「沈黙は了承とみなす。早速だが、単刀直入に言う」


 剣士の声を合図に始まったのは、ヒリつくような静寂。寸分狂いもなく俺へ向けられた視線の数々、息を呑む音すら筒抜けだと思わされる緊張感。

 辺りを見回して自分の置かれた状況を理解した。なるほど、俺を観察しているのは、この空間の動向に興味があるのは、目の前の四人だけじゃない。


「俺の仲間になれ」


 この店に居る、全員か。

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