第28話 俺の知らない勇者
「……何があったんです」
「話す必要は無い」
そう言ってはいるが、勇者の顔面は見るからにボコボコである。簡単な手当こそしたが傷が酷く、全身包帯ぐるぐる巻きの状態。
あの一幕を見せられて、とても良い関係を築けている、なんて思える筈もない。クリスさんだって勇者のこと超睨んでるし、胃が痛くなる一方なんだけど。
「私から詳細は話せません。しかし、この傭兵ギルドにおいて、彼がこのような立場になったのは決して最近でもなく、自業自得であるとだけ、言っておきます」
どれだけ恨み買ってるんだよ。
「そこまで言われたら流石に看過できないでしょ。道中で貴方を恨む人間がいたらどうするんです。相手は私のことまで知ってました。最悪、復讐の為に私の拉致を
「それは……」
「沈黙は無しです。もし黙秘を貫くなら、この旅も終わりです」
小さく
一向に折れない俺達にとうとう観念したのか、つっかえていた肺の中身をどっと吐いた。ここまでしてようやく勇者は口を割り、ポツポツと話始めた。
「元々一介の傭兵だった。俺は勇者としての責務を果たす為に、金が必要でこの傭兵ギルドに通っていた」
クリスさんが特に口を挟む様子は無い。勇者は続ける。
「魔王を倒すには金が要る。気配を辿り、後を追うしかない以上、あらゆる国を行き来する必要があったからだ。傭兵という身分は、困難な仕事をこなす程金が貰える。そして、戦闘経験も多くこなせる。魔王の討伐にはうってつけの職業だった。……それは俺に能力があって、一人でも戦える力があればの話だが」
それから勇者は、クリスさんに「障害記録を持って来てもらえないか」と提案した。渋々了承したクリスさんは、「これでシア様の気が変わるなら」と口にして個室から出ていった。
残された俺達はしばらく無言でこの気まずをやり過ごす。
違うな、何と声を掛ければいいのかわからなかった。
「俺は勇者だ。そういう使命の元、生まれた。だが、その為の道は描いた理想とはかけ離れたものだった。人を救うだとか、そんな綺麗な理想とはかけ離れた現実。俺は協力者の君にこんなものを見せたくなかった」
「俺だって子供じゃありません。世の中全部理想通りになるわけないことくらい知ってますよ」
「……そうか」
しばらく沈黙が続いて、言葉を発する前にクリスさんが帰って来た。どうやら一冊の本と間違えるほどに大量の用紙を束ねたものらしく、それを机に置くと、ドスンと鈍い音を立てた。
「これが、傭兵ギルドが保持する障害記録になります。我がザインツ支部他、全二十拠点で起きた依頼の失敗、状況、改善案等がこちらに取りまとめられています」
「感謝する」
勇者は障害記録と呼ばれた書類を次々と捲り上げる。用紙の擦れる音が響く中、あるページで音が止まった。
「……ここに全てが記されている」
「ジャック・バラス、トール・クシャル、セブ・リアン、コンラード・バルデ、ルミ・マクドネル……名前、ですよね。これは一体何の」
名前を呼ぶ度に表情の陰りが深みを増した気がした。だが、俺の問いに答える時だけ、勇者の表情が不自然なほどにフラットに見えたんだ。
答えを聞いて、俺はその違和感の正体を理解した。
「俺が殺した、仲間達の名だ」
表情が消えたのではない、表情を殺したのだと。
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