第27話 俺と違う誰か達

「ちょっといいですか、ユートさん」

「どうした、シア」

「俺達、とんでもないことしてるんじゃ」

「問題ないだろう。ルールは守っている」

「……そうですか」


 穏やかな風が吹き抜ける中、俺と勇者の周囲は半ば地獄絵図と化していた。魔物達がちらほら、中にはあのアシュラコングやジェットニードル等もいる。そいつらが綺麗にノビている訳だ。

 殺さなければいいんじゃないか、と雑な提案で勇者を焚き付けた結果である。


「さて、後は遠くに飛ばすか」

「……はい。勇者、高台で気絶したと魔物を押し上げろ。出来るだけ遠くに飛ばせ」

「了解」


 勇者が黄土色の魔法陣を発動させると、かすかな揺れが生じた。直後、地面の各所が急速で空高く伸びて、その反動で辺りの魔物達が次々と空の彼方へ飛ばされる。お星様になったのを見届け、ようやく今日のひと修行は終了。

 俺達は過去の失態で、オホロ山の出禁一歩手前である厳重注意を受けたわけだが、飛行型の敵が沸く場所を、最寄りでこの一帯しか知らなかった。

 じゃあ、敵をみね打ちで終わらせれば、と考えたわけだが、やってみるとまあ絵面が酷い。最初訪れた時より弱体化してたのか、比較的簡単に電撃を浴びせて麻痺らせることは出来た。しかし、ひたすら電撃地獄に巻き込んだお陰で、痙攣して動けなくなった魔物達がそこら中に大量生産されているのである。


「課題だったジェットニードルの動きもある程度わかって来たし、順調ですね」

「ああ。だが、やはり知覚から命令までのタイムラグが気になるところだ。敵が変わった時の対策として、やはり感知を鍛えなければならないな」


 そういう訳で俺達は前回の依頼で見つけた洞穴に拠点を作り、山籠り合宿を開始。日中は山中の魔物達をボコボコにして、夜にはフィードバックの整理、という生活を送っている。


「まず、感知の問題だが。シア、君はどこまで見えてる」

「少なくとも後ろの攻撃は見えません。あと、弱体化したジェットニードルは肉眼で追い切れないですね」

「それが普通だ。戦闘経験の薄い人間が野生の飛行生物を相手どるのは相当の難易度を誇る。能力の影響もあるが、死人が出ていないだけ上出来とも言える」


 勇者曰く、飛行生物は取り分け移動速度が速いらしく、初心者が戦うには真っ先に苦戦する相手だという。確かに動くのは速いし、宙に浮いているしで当てるのなんて相当難しいか。それを一網打尽に出来る勇者のスペックも相当ヤバいが。


「ユートさんの動きは、明らかに魔物を凌駕していると思うんですが。何かコツでもあるんですか?」

「あまり参考にならないと思うぞ。俺は全身に気を張り巡らせている。すると肉体は活性化し、強靭な力を得る」


 気って何だよ。勇者じゃなくて実はブシドーだったってか。本当に参考にならないので、ちゃんと項垂うなだれた。


「これは常人に出来るものではない。真似を考える必要はない」

「そう言われても、このままじゃ明らかにヤバいでしょ」

「……それはそうだが」

「例えば魔力を使って身体能力の活性化は出来るんですか?」

「知らん」


 なんでだよ。


 話は平行線を辿る一方、有効策が思いつかない。とりあえず、勇者の話は当てにならない。いよいよ二人だけでは限界が見えてきた気がした。


「……人に聞いてみないか」

「え?」

「君も勘付いているだろうが、俺達には余りにツテが少ない」

「だけど、俺達ってお忍びじゃないですか。目立つのはマズいんじゃ」

「傭兵ギルドなら問題ない。用事は俺で済ませるから、明日にはここを出発し、風の国へ向かう」

「え、折角ここまで来たのにですか。数日はかかりますよ」

「大丈夫だ。移動しながらでも、簡単な修行は出来る。今は人を頼るのが最優先だ」


 明日の計画を一方的に告げると、勇者はそのまま体を丸めて寝てしまった。結局流されるままに修行は中断、翌日になれば来た道を引き返し、傭兵ギルドへと向かうことになった。


 到着して直ぐ、勇者は寄り道もせず、真っ直ぐに集会所を目指す。その後ろを歩きながら代案を考える。

 オホロ山と行き来してわかったが、往復で三日四日かかる旅路を何べんも移動するのはかなり厳しい。体力もそうだが、目標である魔王討伐の期限が半年である以上、些細な用事は減らさなければいけない。


「じゃあ、俺はここで。街内は安全だからアイゼンブラッド卿の自宅で寝泊まりすると良い。出入りの許可を得ている」

「……わかりましたよ」


 勇者は結局俺に案の詳細を伝えなかった。

 正直、アレと顔を合わせるのは嫌すぎる。気まずいのもあるけど、何より妙な偏見で人を下に見ているのが腹立つ。

 勇者には悪いが、俺は俺で傭兵ギルドを立ち寄ろう。クリスさんなら、多くの傭兵を面倒見ているし。少なくとも素人の俺よりは知見があるだろう。

 早速俺は傭兵ギルドに足を運び、現状の課題を相談することにした。クリスさんは課題を聞くと、個室へと案内してくれ、二人きりの場を作ってくれた。


「なるほど。パーティの連携を深めたい、と。殊勝な心掛けですね」

「私達、まだ急造で。一つ一つの行動までに時間が掛かるんですよね。早めにお金を貯めなければいけず、出来れば早めに昇給してください」

「状況を聞かせてください」


 一通り状況を説明した。飛行生物等の素早さが高い敵に後れを取ること、人が相手の場合、奇襲されたら対応できていない事など。


「一つ言えることですが、これは勇者の差し金ではないですよね?」


 糾弾するような視線に思わず息を呑む。


「はい、あくまで生存率を上げるのと金回りを良くする為です」

「信じましょう。無理をしないと誓うなら」


 今日のクリスさん、少し棘があるような。気のせいか?

 すると、突然個室の扉が乱暴に叩かれた。そこには男女四名の傭兵が上から俺を見下ろしている。服には魔物か何かの血が飛び散り、剣や杖を携帯している。依頼が終わった後なのか?


「今、打合せ中なのですが」


 睨みを利かせるクリスさんに、筋骨隆々を体現した巨体の剣士は「済まない。急用があった」と一礼すると、今度は俺を見下ろして、


「そこの赤髪の女、少しいいか」

「私、ですか? 一体何の御用で――」

「すぐ終わる」


 そう言って、仲間の剣士に目配せをすると、その一人は何かを背負い、こちらの前までやって来て、放り捨てるように床へと落とした。


 捨てたのは人間だった。そして、ボロボロのソイツから、その血が誰のなのかすぐに見当が付いた。


「返品だ。こんなクズ、二度とウチに寄越すな」


 コイツら、勇者をボコボコにしやがった。

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