第26話 俺と勇者の反省会 その2
どんな顔をしているのだろう。自分の顔を触って、少し冷たくも艶やかな肌触りが、いっそう自分を解らなくさせる。コイツは何故、コレを言ったんだろう。
「そう怖い顔しないでよ。でも、肩入れする理由がないじゃんっ」
「何が言いたい」
「だってそうじゃん。一国の王女が、目的も目標も不明確な旅に同行している。それも死ぬかもしれない旅。これって本来おかしいことだよねぃ? メリットが無いんだもん」
ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような、言葉にするだけで吐き気を催しそうな気持ち悪さが体の中で渦巻いている。
見透かすとはまた違う、人を型に
視線を逸らそうとしたが、目の前の子供の風貌をしたソレは、首を傾け、体を傾け、無邪気な子供みたく俺を覗き込もうとする。絶対に逃がさないとでも言わんばかりに。
人間、馬鹿を見ると過激になるって相場は決まってる。どうやらコイツも例に漏れないらしい。
「矛盾してるよねえ! だって死にたくないならさっさと国に戻れば良いじゃん。ねえ、どうして? どうしてこんな難儀なことしてるんだろうっ!!」
多分、大人だったら気まずい顔でやり過ごすんだろう。俺の記憶でも、ガキのイタズラやワガママに大人達は笑顔を貼り付けて、見えないところでは文句の嵐だ。
父親だった奴も例外じゃなく、久しぶりに外に出たかと思えば、帰って来れば誰かの悪口を延々と口にしていた。何も知らない癖にだとか、アイツは恵まれてるだとか。とにかく自分の傷付いたプライドを直すのに必死だった。
俺の知ってる大人達は、どうしようもなくなるほどに負け犬だった。
「それに俺はって何? 王女様って、呼称は厳しく躾けられてる筈だよね。前に会った時とはそんな事言ってなかったもんねっ? ねえどうして、そんなおっかない顔してるの?」
俺は違うだろ?
あんな負け犬とは違うだろ? やり返すって決めただろ?
頭がぼんやりして来た。あれ、俺。
「ぼく、いっそう興味が――」
気付けば床に押し倒し、両手で首を締め付けていた。魔王だとか言うから女の力じゃ簡単に組み伏せられると思ったが、意外とそうでもないらしい。柔らかな喉元に力を入れて軌道を塞いでやると、ガキの顔からはあっさりと余裕が消え、表情が歪み始めた。
カエルが潰れたような悲鳴だった。空気吸えないもんな、まともに声も出せないもんな。
こういう時、一回拘束を解いてやるんだ。そして、目一杯息を吸い込もうとしたその時に、もう一度ぐいっと首を押し込む。すると、息ができると思って安心するから、急な締め付けに対応できず一層苦しむ。希望が遠のくから心も折れやすくなる。
まだ殺さない。コイツにはまだ使い道がある。
瞳の焦点が合わなくなってきた。鬱血も始まってるし、順当に進めばちゃんと落ちそうだ。口パクで何を言ってるかはわからないけど、多分死にたくないのかな。少しだけ反省の色が見えたのでそっと手を離してやると、さっきの威勢はどこへやら、怯えるような目でこちらを見上げる始末。
暴力は簡単に人を学ばせる。誰だって嫌な目には遭いたくないもんな。知ってる、俺もそれが一番楽なことくらい。
だからこそ、だからこそ――
「――ちょっとっ」
「え」
「ぼく、質問してるんだけど!!」
「あれ、俺……」
「ずっと固まっちゃってさっ。このぼくを無視だなんていい度胸だねっ」
現実じゃなかった。
そりゃあそうだ、こんなものは妄想で済ませないと。
「うるせえ」
「いだっ」
煽るクソガキに拳骨を喰らわす。小僧は頭を抱えると、しかめっ面でこちらを睨み付けた。
「何すんの!!」
「アホ。小僧は小難しいこと考えんな」
「こ、このぼくがこぞう!?」
「小僧は小僧だ。良い子は黙ってねんねしな」
「ムキーー!!」
頭を撫でてやると、少年は顔を真っ赤にして部屋を飛び出して行った。外で待っていた勇者が中に入って来て、
「大丈夫か、何かされてないか?」
「何もないですよ。戯れてただけです」
「本当に大丈夫なのか? 顔色が……」
「気にしないでください、本当に大丈夫なんで」
話を無理やり終わらせて、逃げるように部屋を出る。涼しい風が暖まった頭を少しでも冷やすことを願って。
そうだ、ここはあの世界じゃない。前みたいな人生はもう御免だしな。
「外面だけでもマトモにしないとな」
俺の手には透明になった誰かの血が流れている。
身勝手という枷の中で生きる為に、今日も汚い水槽を泳ぎ続ける。
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