第22話 勇屍礼賛
「ギオオオオオオオオオオオオオアァァァ!!」
「ギィーーー、ガガガッ!!」
「グゥルアアアアアアアア!!」
密接した二頭分の咆哮に連なるように、化け物の大群は侵略を開始。巨大な影が地表を揺るがし、張り詰めた空気に圧が上乗せされる。吐き気を通り越して、常に
「勇者、炎で外壁を作れ。三層だ」
「了解」
命令に呼応して、勇者は足元に魔方陣を展開。三層に構築された円環の隔たりが這い上がると、威勢よく飛び出した連中を呑み込み、悲鳴と奇声が場を満たす。彼らの体は一瞬のうちに燃え尽き、真っ白な灰と黒い煤に変わってしまった。
それでも外壁を乗り越えようと鳥型や虫型らが高度を上げた。怒涛の進行を終わらせる気は微塵も無いらしい。
「勇者、火力を上げろ」
「了解」
直後、灼熱の壁はより高く、より厚く強化。空からの侵略は次々と焼け焦げた残骸へ代わり、原型も留めず落ちていく。
その凄惨な光景を見せつけても止まらない。味方の死骸なんて眼中にも無いように、親玉であるツインヘッドグリズリーを筆頭に、厄災はより苛烈さを増す。
「ギアアアアアアアアアアアアア!!」
「――勇者、光で弾幕を作れ。その後、一斉発射ッ」
「了解」
「今のうちにアドバイスください、畳み掛けたいッ」
「ひたすら弾幕を張る。相手に息をさせない、それを目指す」
「アバウトな指摘どうもッ!!」
合図を皮切りに、今度は勇者を起点に光球が生成される。それらが高速で分裂、帯状に展開されると、生を受けたように輝きを増し、敵目掛けて光の散弾を一斉放出。それぞれがなだらかな放物線を描き、機関銃よろしくの連射で前衛を一掃した。
確かに圧倒的な破壊力だ。転がる死体が量産されるのがありありと分かる。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」
まだ止まらない。
それ以上に沸きが凄まじ過ぎて、肝心の親玉が仕留め切れていない。懐に入られ、喉笛を食いちぎられるのも、時間の問題だ。
「シア、早く指示を」
「わかってますよッ。勇者、親玉をバリアで封殺。残りは暴風で後退させろ」
「了解」
「孤立させて、各個撃破狙いです。頼みますよ!?」
「任せろ」
いよいよ対面だ。
半透明の障壁が親玉を隔離し、暴風で群れを散り散りに。勇者と俺は自分達が入れる程度にバリアを拡大し、二対一の構図を作ることに成功。
二十秒の猶予。わずかなメリットに対して道筋はあまりに壮絶過ぎた。
当然、まだ終わらない。むしろ、
「次だ」
「休めない、敵が多すぎるッ」
ここからがスタートライン。と息つく間もなく、親玉は俺達を
勇者が大剣を盾に喰いとめるが、あの筋肉に塗れた巨人をかちあげた勇者の力を以ってしても、拮抗するのでやっと。ジリジリと圧されている。
「シア、長くは持たない。次の命令を」
「……勇者、敵を往なして後方から一刀両断だッ」
「了解」
「勇者、絶対に逃すな。避けられても斬れ」
「了解」
俺が横に捌けたのを見るや、勇者は巨体による突進をいなし、背後へと回り込む。動く暇も与えずに必殺の一振りでトドメを刺そうとした。が、
――ガキィン。
「ハァ!?」
「……信じられん」
鉄でもブン殴ったような金属音。たじろぐ勇者。ああ、命令までに必要な言葉がじれったい。イメージを共有できればどれだけ楽か。だが、絶望や不満を垂れてる暇もなく、言葉の構築とイレギュラーも勘定に入れる。
とにかく早く、とにかくシンプルに。
でなければ全滅は必至。
「電撃で槍は作れますか?」
「試したことは無い。だが、出来ると思う」
「勇者、電撃で槍を生成。そして親玉を貫け」
「了解」第一優先は麻痺、次点で貫通。良い方に転がれ。
勇者の右手が激しく帯電すると、次第に電撃は掌へと収束し、電流を纏う光の槍を成形した。そのまま親玉に
バチバチ、と放電される音がこだまする。人間が喰らえば即死であろう一撃。しかし、致命傷には到底及ばない。
鬱陶しげに突き刺さった腕を雑に振ると、電撃の槍は簡単に抜け落ちてしまった。
「どうするんです、コイツ」
「いよいよマズイな。打つ手がない」
バリア発動から体感十秒が経過。現状は拮抗しているが、この障壁が無くなれば、外野からボロ雑巾にされてゲームオーバー。さらに勇者曰く、このバリアは二回、三回が使用限度。おいそれとは使えないという。
これをしくじったら終わり。そんな崖っぷちがより平静をかき乱す。
「……勇者、親玉に火を。その次は居合斬りだ」
「了解」
火だるまになれば動きも鈍らないか。そんな淡い期待は、光の弾幕を乗り越えた耐久の前ではあまりに無力。火傷すらならず、無傷でピンピンしている。命令を追加し、居合からの横薙ぎで場をしのぐが、ほんの少し血が飛び散るだけで、やはり致命傷には至らない。
「ギオアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「……どうすんだよ、こんな化け物」
それから思いつく限りの指示を出した。しかし、バランス一つ崩せず、親玉の猛攻は一向に止まらない。そのうえ、巨体から繰り出される重すぎる一撃の数々に、勇者の動きが徐々に鈍り始めている。しかし、この状況を切り抜ける答えが見つからない。
何か、何か秘策は――
「シア」
その時、勇者が俺を呼ぶ声がした。
「俺の言葉をなぞり、詠唱してくれ」
「え?」
「説明の時間がない。いくぞ」
「ちょ、おい」
バリアが遂に限界を迎え始め、ひび割れが加速する中、敵の攻撃を捌きながらも勇者は呪文のような台詞を唱え始めた。
あれよ、あれよ。己が剣に
……始めて聞く。でも不思議だ、俺はこれを知っている。
最後の一行を言い切れば完成する。そういう直感? 違う、何が何でも止めなければならない。身が
それなのに俺の口は止めようとする意志に反して、続きを口にしようとする。神経でも乗っ取られたのか、ひとりでに口角を歪ませると、言ってはいけない最後の言葉を唱えてしまった。
「失せる
瞬間、バリアが弾け飛び、経験したことの無い暴風によって吹き飛ばされた。その風は、命令で生み出した物がかわいく思えるほど荒れ狂い、無力さを痛感させる程に自然の猛威を再現。そのうえで空中だろうか、何がどうなってるかもわからず振り回されている状況で、瞳を閉じてもなお貫通する閃光が盲目にさせる。
それがしばらく続き、ようやく光が収まったかと思えば、全身を思いっきり叩きつけられた。激痛が走り、痛みで悶絶するなか、どうにか目を開けると、
「……はは」
あまりに凄まじい光景だった。
先程まで傷一つ付けるのがやっとだった親玉がバラバラに分断され、血が地面にぶちまけられた姿が最初に映った。そして極めつけは、未だ群がる敵を皆殺しにする黄金色の閃光。逃げ惑うあらゆる生物を塵に変え、満足したように消えていった。
そして、暴風に晒された筈なのに咲き乱れるオホロリュウキンカの花畑。何がどうしてそうなっているのか、まるでわからなかった。
ちょっと待て。アイツは……?
「ユート、さん?」
ボロボロの体を起こすと、仰向けで倒れる勇者が俺の下敷きになっていた。
「は、息してない」
息が聞こえない。
胸に耳を近づける、鼓動の音も聞こえない。
「あ、ああ」
恐怖の正体はこれだ。俺はまた選択を間違った。
あれは勇者の全てを掛けた大技。捨て身の最終手段だったんだ。
「頼むよ。あんまりだろ、こんなの」
胸板に顔をうずめる。しかし、聞こえるのは花畑が風に揺れる音だけ。わらにも
その時、一陣の風が頬を撫でた。
『俺の呪いは、君でなければ救えない』
思い出される、あのやり取り。
出会った頃の、どうしようもなく融通の効かない勇者の台詞。どうして今思い出したのかなんて、わかるわけない。
それでも、
「信じて、いいのか?」
答えは返ってこない。これが現実。
――それでも、俺はその先の
「勇者、起きろ」
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