第21話 俺と勇者の山場
「君も掴んでいるのだろう? この山で起きている異常事態を。君が撤退を促した理由だ」
「……確証はないですが」
勇者の言う通り、俺はこの山に対してある疑念を持っている。そして、勇者がそれを言うということは、俺の疑念が正しいという裏付けになる。それを知っておいて、頭を下げるとか何を考えてるんだコイツは。
「強過ぎないですか、この一帯」
「ああ、あまりにも強すぎる」
傭兵ギルド入りして早々、あれだけ口酸っぱく無理はするなと言ってた受付嬢が、こんな死地に新米構成員を派遣するとは到底思えない。
「ライカンスロープの強さって、どれくらいなんですか」
「傭兵ギルド基準で言うならB級だ。まあ、当時から変わってなければだが」
「ええ……」
目覚めてすぐそんな奴に襲われたのかよ。
「俺からすれば、ここの敵は集団といえあの狼人間の強さと遜色ない。新人がこんな状況下に踏み込めば、間違い無く生きて帰れないだろうな」
「貧乏くじ引き過ぎじゃありませんか、俺達。呪われてないですか」
「面白いことを言うな、否定できない」身を削るジョークはやめてくれ。
「と言っても、俺が把握してるのはこんだけですよ。後は簡単な習性ぐらい?」
「ほう、聞かせてくれないか。その習性とやらを」
勇者の顔が近づく。心なしかキラキラして見えた。
「オホロリュウキンカという植物は、満開になると黄金の花粉を撒くらしいですね。アシュラコングがどうして他の種族を率いられたのか、その理屈が花粉にあると思いました」
「それで?」
「俺は貴方に風を放てと命じた。結果、魔物達は風に誘われるように撤退していった。つまり、あの集団はアシュラコングに従っていたのではない。アシュラコングが纏っていた花粉に引き寄せられていた。そう思ったんです」
この辺りの魔物はオホロリュウキンカが咲く季節に活発化すると言っていた。その真相は別で、実際はオホロリュウキンカの花粉がなんらかの作用で魔物達の思考を乱し、暴れさせている。それが花粉の量に比例して凶暴化するとしたら、ここは一度撤退して別の日程にチャレンジすべきだ。
「で、ユートさんは撤退が嫌なんだ、と」
「ああ」
「どうしてですか」
「そうやって凶暴化した軍勢が、もし街にやって来たとしたら? 民衆は大打撃を負うんじゃないのか」
「それってどうなんですか? この国の風がどうにかしてくれるんじゃないですか。というか……」
そういうことか、ようやくわかった。
「……俺達なら、どうにか出来ると?」
「ああ、それは今確証に変わった」
「大袈裟でしょ」
「君は、どこまでも君を信じないのだな」
そんな不思議そうな顔するなよな。でも、まあアンタとは対極なのかもしれないな。けれどさ、
「そういう人生にも、メリットはあるんですよ」
「ふふ、やっぱり君は変わった奴だ」
煌びやかな星の数々が夜空の中で輝いている。海の波に揺れるように風に流される姿に、また見入ってしまう自分。この世界はやはり残酷で過酷なのだと理解しても、たった一つの絶景を眺めるだけで心が洗われた気分になる。
明日にはこの依頼も佳境を迎える。その頃にはさっきまで苛まれた死への恐怖も風化するのだろうか。少なくとも、目覚めてからの奇襲は苦い思い出として消化されつつある。
「俺も、変わっていくんだろうか」
空へ向かって手を
「明朝、頂上を目指す。シア、問題ないか?」
勇者の問いに俺は答える。
「やってみましょうか。やれるだけ」
「そう来なくては」
そして、翌朝。俺達は山風に煽られながら、頂上を目指す。相変わらず敵は凶暴化の真っ只中、花粉を追うように崖から投身、時折風向きの影響で花粉が来るせいで俺達に襲いかかるわで散々だった。
「勇者、崖に誘導するよう風を放て」
「了解」
花粉の付着を抑えながら、魔物の群れ付近に横風を飛ばす。頂上を目指すほど崖も深くなるので、そこに落ちるように誘導したり、敵に花粉を纏わせることで同士討ちを計ったりした。結果、急襲を退けることに成功し、ついに俺たちは頂上へと辿り着いた。
頂上の景色はあまりに不自然だった。
黄土色に淀んだ視界の中、空気の流れが見えるほどに、燦然と輝く粒子が宙を舞っている。これが山頂で咲くオホロリュウキンカから生まれる花粉か。花粉以外殆ど何も見えない、これじゃあ適当に拾い集めて逃げることが出来ないじゃないか。
「シア」
「わかってますよ。勇者、風を放て」
「了解」
勇者が魔法陣を発動すると、突風が吹き荒れ、淀んだ空気が霧散する。開けた地上が鮮明になって、その奥で待ち構えていたのは、唸り声をあげる二つ首の熊の姿だった。遠くからでも一際目立つ、圧倒的な存在感とプレッシャー。
そいつが俺達に視線を合わせるや否や、
「ギオオオオオオオオオオオオオアァァァ!!」
あの空気が震えるような雄叫びのアシュラコングを、優に超える声量で咆哮した。それが合図となり、わらわらと熊の魔物の後方から別の魔物達が姿を現す。蜂に蛇、怪鳥……数えるだけで気が滅入るほどだった。
しかし、勇者はどこまでも自信満々らしい。堂々とした佇まいで剣を構える。
「ツインヘッドグリズリー、オホロ山を牛耳るいわば親玉だ。だが、臆するな。俺達ならやれる」
「……行きますよ。勇者、大群へ突撃」
「了解」
二対数百。そんな絶望的な戦いが始まった中、不思議と俺はいつもより落ち着いていた。
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