第20話 俺と勇者の決戦前夜
闇の中にいた。
どこまでも吸い込まれそうなほどに、真っ黒な世界。この先へ進めばどうなるんだろう、また一つ罪を背負うことになるのだろうか。
許されたいのか、しかし何に許されたいんだ。どっちつかずの感情は、夢が醒めるまで延々と巡り続ける。
「起きたか」
「ここは……」
闇の中で響く声。勇者か、俺ら死んだのか?
「そう不思議な顔をするな。オホロ山の中腹だ。多少狭いが洞穴を見つけたので避難している」
「何で見えるんですか、こんな真っ暗なのに」
「ひとり旅で慣れた」猫かお前は。というか、
「生きてるみたいな台詞ですね。俺ら死んだんでしょ? まさか初心者用クエストすらクリアできないとか。笑えますよね」
「死んでないぞ」
「え」
呆然とする俺を背負うと、そのまま勇者は闇の中を歩き始めた。不気味すぎて止めようと肩をさすってみるが、勇者からは足を止める気配が欠片も感じない。
そうしている内に視界に薄らと光が差し始め、次第に闇が取り払われる。現れたのは月明りが照らす夜空、その中をゆったりと漂うまばらな雲。なるほど、死んでいるにしては随分と見慣れた日常だ。
「どうやってここまで来たんですか」
「敵襲が終わるまで耐え続けた」
「……放っておけば良かったでしょう」
「言っただろう、君を守ると」
どこまでも強情な奴だ。そこまでして目的を果たしたいか。
オホロ山は比較的標高の低い山らしいが、山である以上、中腹までは相応に距離がある。俺達の戦いがどれだけ散々だったかを考えれば、化け物達の根城を目指せばどうなるかなんて簡単に想像がついた。
「生きてるなら儲けものですね。下山しましょう、このまま先に行ったところで俺達は死にます」
「その必要はない。今から降りようが、この先を上ろうが危険なことには変わらん。それよりは、現状を整理してこの山の踏破を目指すべきだ」
「たかだか雑魚敵に負けるような俺達ですよ、期待なんか出来るわけない」
「ツメが甘かっただけだ。今度こそ――」
「現実を見ろよ」
心に留めていた言葉が口から漏れ出たのを知った。それから情緒が臨界点を超えそうになった時、勇者は思わぬ行動に出た。
「まだ、終わる気はない。終われないんだ」
勇者は俺を座らせると、目の前でひざまずき、頭を地面に擦りつけた。言葉とは裏腹だった。
「頭を上げてください」
「納得させる為ならなんだってするつもりだ。力を貸してくれ」
「その力が足しても足りないって言ってるんでしょうが」
「俺には君が必要だ。君が居なければ俺は戦うことすら出来ない」
勇者は擦りつけた頭を上げ、まじまじと俺を見据える。その姿を成功への担保として、俺に見せ付けるように。
「……傷が、ない?」
「時が経てば勝手に癒える。たとえ骨が折れようが、体が千切れようが、な」
「囮りにでもなるつもりですか」
「必要なら」
ふざけやがって。
「そんなので靡くわけないだろ」
「他に方法が無い。これが最善の選択だ」
「それは考えが足りないだけだ」
空気が張り詰める。勇者の顔にほんの僅か、怒りが見え隠れした気がした。
「何故そう言い切れる」
「単純に嫌いだからです」
偉そうに啖呵を切っておいて、明確な答えは持っていない。所詮、前世で積み上がったくだらない意地、気の迷いだったと鞘に収めれば良い話だ。
それを煽るように忘れ去りたい過去が、頭によぎっては識者みたく俺を諭そうとする。
『生きてれば、多少の我慢は必要だよ?』
『もっとさ、周りを見ようよ』
『お前が黙ってさえいれば』
『お前は俺の言うことを聞いていればいいんだ』
そうやって吐き捨てたお前ら、じゃあ俺はいつまで我慢すれば良かったんだ? そう言ったところで答えは返ってこない。だってコイツらが求めているのは満足できる結果だけで、我慢を強要された人間がどれほどの犠牲を払っているかなんて、興味一つないんだから。
「じゃあ、どうすれば良いのか具体的に答えを示してくれ」
「まだ持っていません」
「だとしたら、君に俺を評される筋合いはない」
「筋合いが無かろうが言いますよ」
鷹のような鋭い瞳が俺を責め立てる。別に構わない、俺は間違っていないのだから。
生きていくうえで、絶対に捨ててはいけない何かがある。それを誇りだとか尊厳だとか、大層な言葉で脚色するつもりは無い。それでも、一度捨てれば取り戻すのが限りなく不可能に近いことを、俺は知っている。
「無責任だと揶揄されようがどうでも良い。自分の人生を誰かに委ねるような奴は好きじゃない」
誰かの理想を生きれば、悲劇のヒロインに浸ることも出来た。けれど、そうやって何かを成し遂げた所で、行き着く果ては地獄でしかなかった。
それが、理想とする誰かであっても変わらなかった。
「本気で目的を果たすなら、一度原点に戻るべきです。俺たちは結局何がしたいのか。それが一番重要だと思うのです」
「答えが変わらなくても、か?」
「はい」
そう言うと、勇者は小さく笑って、
「初めて君を知れた気がする」
「気味の悪いこと言わないでください。ずっといっしょに居たでしょ」
「それは、そうなんだがな」すっと立ち上がり、
「じゃあ」
「ああ、やはり下山は無しだ」全部台無しにしやがった。
「アンタねえ」
「そう警戒するな、無謀ゆえのものではない。ちゃんと理由もある。それに」
よっぽど自信があるらしい。いつものふてぶてしい勇者が帰って来た。そして、いつもの見透かすような碧い瞳で俺を確かめるのである。
「君も掴んでいるのだろう? この山で起きている異常事態を」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます