第19話 俺と勇者の失敗

 凄まじい怒号と共に襲い掛かる魔物の大群。戦慄する俺をよそに、「ジェットニードル、アースワーム……」と、呑気に敵を観察する勇者。あまりの温度差に腑抜けて恐怖しての繰り返しで、情緒がゴリゴリ削られる。


「花開く季節だから魔物が活発化しているのか?」

「ちょっと。アレ、どうすればいいんですか!?」

「そうだな、手っ取り早いのはまとめて倒す。生き残りが仲間を呼ぶからな」

「そういうことじゃなくて……」


 攻略のカギを期待したが見事にスカ。さらに超振動のような羽音がブンブン響き始め、群れを形成する化け物の正体が浮き彫りになる。五十センチ程の巨大な蜂、縞模様の腹から飛び出した針がいっそ釘に見える。アレに刺されたらと思うと、ゾッとする。


「バリアを展開して守りに徹しろ」

「は、はい。勇者、バリアだ」

「了解」


 勇者は俺達を覆うように透明な膜を展開した。ライカンスロープ戦でも役に立った代物、今回もしのげるか。


「心配するな。俺の防御は崩せない」


 蜂の大群がバリアに張り付いては、俺達を殺そうと躍起になる。外の景色も埋め尽くされてしまった。しかし、バリアは傷一つ付かず、びくともしない。


「勇者、バリアは維持。群れ目掛けて火を放て」

「了解」


 バリアの表面に無数の魔法陣が展開。幾何学模様が赤く輝くと、炎が次々と生まれてはジェットニードル達を飲み込んでいった。しかし、焼き払って開けた視界は瞬く間に別の個体で埋め尽くされる。そして、悪いことは連鎖するもので。


「まずい、このままだとバリアが崩れる」

「はっ?」さっきの自信はどこにいった。

「バリアの展開時間は二十秒。今既に十秒は経過している」


 さーっ、と血の気が引いていくのがわかる。


「……とにかく数を減らします。勇者、もう一度バリア周辺に火を放て」

「了解」


 先程と同様にバリアの表面に魔法陣を展開。炎の海が再びバリアを守るように覆い尽くす。攻めあぐねていた化け物達は炎に飲まれ、轟音と共に消えていく。だが、完全じゃない。敵はまだ腐る程いる。

 落ち着けるだけの余裕はまるで無い。心臓が鳴る度に、わずかな余裕すらゴリゴリ削られる。次は、次は何をすればいいんだ。


「あと五秒だ」


 考えろ。

 必要なのは安全の確保、敵の一掃。その為に必要なのは――


「……やってみるか」

「頼んだ」

「じゃあ、いきますよ」


 息を止めて心臓の悲鳴を殺す。ばくん、ばくんと脈打つ鼓動は雑音と処理され、次第に消えていった。

 やることは決めた、あとはやるだけ。


「勇者、バリアを解除。直後、前方に風を放て」

「了解」

 

 バリアを解除してすぐ、勇者は前方に緑の魔法陣を生成すると、そこから群がる敵目掛けて突風を放出した。群れは次々と後ろへ押しのけられて、残されたアシュラコングは身包みぐるみを剥がされたように狼狽うろたえ始めた。

 直ぐに仲間を呼び戻そうと奇声をあげるが、誰ひとりとして帰ってこない。デカい図体が弱々しく立ち尽くす様は、予測がハマった証明になった。


「勇者、そのまま群れ目掛けてバリアを生成」

「了解」


 勇者が魔物の群れに両手をかざすと、そこに楕円形のバリアが群れをすっぽりと覆った。これだけで十分、あとは全部消し炭にするだけだ。


「勇者、バリアの中を炎で埋め尽くせ。消し炭になるまで、何度もだ」

「了解」


 半透明のバリアの中で無数の魔方陣が輝きを放つ。直後、バリアの中を全て埋め尽くすように爆炎が巻き起こった。

 轟音が響き渡る中、炎が生まれては消えてを繰り返す様は、さながら灼熱地獄の焼き回しのようで。それが十秒くらい続いて、ようやく静まったかと思えば、中に残されたのはすすの山だけ。我ながら酷い有様だ。


「後はお前だけだな」


 残されたアシュラコングは、あの惨劇を脳に焼き付けられたのか、敵が目の前だというのに体を丸めて縮こまっていた。だが、ここで間違っても油断してはいけない。ここは昔いた世界とは違う。そう言い聞かせて、最後の命令を下そうとした。しかし、


「シア、後ろ――」


 その慎重さこそ油断であると、俺は思い知る。


「え、あ……ぎっ!?」激痛が走った。

 背中を刺され、筋肉が千切れるような鈍痛。直後、その強烈な痛みが全身に広がり、視界が暗転する。今までに経験したことのない、焼けるような痛みだ。

 倒れてからは体がまるでいう事を聞かない、息つく間もなく痛みの波がやって来て、のたうち回って悶えることしか出来なかった。


「はっ……、が……ぁ」

「もうしばらくの辛抱だ。ジェットニードルの毒に致死性はない、しばらくすれば落ち着く。それまで――グッ」


 寒気と激痛が止まらない中、何かが覆い被さるのを感じた。その正体が勇者だと知った時には、勇者の体は俺以上に震えていた。何度も小さな悲鳴が聞こえた。庇われているのだと理解した。


 俺は、また失敗したのか。


「……俺のことは気にするな、俺は君の道具だ。だから……ゆっくり休め」


 勇者は俺がいないと戦えない、その本当の重みを知って、今の俺には荷が重過ぎることを理解した。

 ああ、意識が消えていく。そんな自分に安堵して、薄情な自分を呪いながら、ついに意識を手放した。

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