第18話 俺と勇者の初仕事

「ねえ、ユートさん」

「どうした、シア」

「俺、やっぱ旅向いてないと思うんですよね」

「どうしたんだ、突然」


 陽の光が曇天の中でぼんやりと漂っている。決して眩しさもなく、それでいてうだる暑さも無い。しかし、経路として渡る荒地や平野は気が遠くなるほど広大で、半日も同じ景色を歩かされ続けたら、それはもう食傷気味にもなるわけで。

 それなのに、この勇者はどうしてこうも澄ました顔をしていられるのだろうか。どうでもいいことで頭を埋め尽くさないと、やってられない俺とは大違いだ。


「いやね、現代人はもう少し家での生活を大切にすべきですよ」

「その心は?」

「屍のように這い上がる朝に、ギラついた空の下で労働に励む昼、オーバーワークで疲労困憊の夜、そして就寝。自分の時間なんてあったもんじゃありません」

「今は曇りだが、疲れたなら休むか?」

「まるで俺が疲れを暗に訴えているような口ぶりですね」

「その認識だが」

「少しは軽口に乗って下さいよ。……降参です、休ませてください」

「まあ、ここから近いからな。中に入れば休むこともままならない可能性もある。悪くないタイミングだろう。ただ、この仕事には期限がある。それは忘れてくれるなよ」


 隣の勇者の小言に「わかってますよ」と生返事を返して、地べたに倒れこむ。こちとら慣れない土地で半日も歩いているんだ。それに本来なら過労でぶっ倒れてるのを、たった三回の小休止と愚痴で済ませてるんだ。少しくらい我儘わがままは許して欲しかった。


「疲れてないんですか」

「ああ、丸三日歩き続けた日もある。さして苦ではない」

「人間辞めてますね。さすが勇者」

「……そうでもないさ」


 澄ました勇者の顔に陰りが見えた気がした。気まずいからやめてくれ。


 それから、ある程度体力が回復した俺は、再びオホロ山を目指して歩き続けた。すると、先程の勇者の発言を証明するように、うっすらと山らしきシルエットが現れたのである。


「これがオホロ山だ」

「え、霧でもかかってたんですか? 全く見えなかった」

「いや、オホロリュウキンカの花粉によるものだ。丁度この時期に花を咲かせる」


 どうやらこの世界にも四季が存在するらしい。そして今が夏真っ只中、にしては。


「……つまり、目当てのものはあるってことですね?」

「ああ、それは安心していいだろう。ただ――」


 台詞を途中で止めたかと思えば、何も言わずに勇者はなだらかに続く砂利道を上り始めた。微妙な所で話を止めたせいで、絶妙に気になる。勇者は一体何を話そうとしたんだ?


「百聞は一見に如かず、という奴だ」

「え」


 なんで日本のことわざを。そう疑念が沸いた矢先、事件は起きた。


「グォォォアアアアアアアアアアア!!」


 ドンドンドン、と地鳴りのような音が響き渡る。前方からだ、走ってその先へ向かうと、そこには四本の腕でドラミングをする毛むくじゃらの巨人の姿があった。


「あれがアシュラコングだ。気を抜くなよ」

「ちょっと待って。心の準備が」

「来るぞ」


 またかよ。

 夜の樹海での奇襲を思い出していると、アシュラコングの三白眼は俺達を見据えて、一様に突進し始めた。走る度に地面が潰れるような音がしては、下っ腹を刺激をしてくる。ぶつかったら体がバラけそうな力強さだ。心臓に悪すぎる。


「勇者、剣で受け止めろ」

「了解」


 体が強張っていくのが解る、迎え撃たないと死ぬ。

 そのままアシュラコングと勇者は激突、ズドン、と鈍い音がこだました。拮抗しているのか、互いに動かない。気を抜けば簡単に押しつぶされそうだ。


「よし、このまま――」

「ブォオオオオオオオオオオオオッ!!」


 命令を出そうとしたら横から別の雄たけびが。声のした方を振り向くと、別の二体が脇から猛スピードで迫って来ていた。速さ、迫力、全部目の前のコイツと変わらない。小さな体が、倍速ズームみたくデカくなっていく。比例して、背筋は血の気と共に極寒のように冷えた。

 ……早く倒さなければ、そんな焦りをかき消すためにも、俺は勇者に命令する。


「勇者、押し返して横一文字に切り抜けッ」

「了解、オオオオオオオオオオッ!!」


 勇者が声を張り上げると、足が地面にメリメリと食い込んだ。その驚異的なパワーでアシュラコングをかち上げると、浮き上がった巨体を放り投げて、そのまま大剣で切り上げた。すると、刺身でも切るみたく、巨体はスッと真っ二つに切り裂かれてしまった。


「今度はこっちの番。勇者、敵に向かって走れッ」

「了解」


 俺達は残り二体へと向き、突進するアシュラコングに猛チャージを仕掛ける。先行して勇者が近づくと、「勇者、もう一度横に薙ぎ払え」の命令で同様の一撃を繰り出した。しかし、


「ブォオオオオオオオオオオオッ!!」


 アシュラコングは四本の腕で大剣を受け止めると、そのまま掴んで勇者ごと放り投げてしまった。

 俺は一瞬で丸腰にされ、投げた個体は勇者を追った。そして、余りの一体は俺を見据えている。死と隣り合わせだと自覚させられ、化け物が襲い掛かる形で現実となる。


「ゆうしゃ、助け――」

「任せろ」

「えっ」


 投げ飛ばされた筈の勇者は、いつの間にか俺の前で居合の構えを取り、次の攻撃に備えている。追いかけたもう一体はまだ戻って来ない。


「あ、ゆ、勇者。あの敵を倒せ」

「了解」


 大剣を斜めに振り上げると、アシュラコングは今度も四つの手で受け止めようとした。しかし、今回は斬撃の鋭さが桁外れに速かった。剣を掴もうとした手が開いたまま、その場に倒れ込んだ。攻撃にだけ意識を割いてたら、こんなにも圧倒的なのか。


 今回も大丈夫そうだ。後は、


「次……は、ちょっと待て」


 心の中で、小さな希望がプチッと握り潰された音がした。


「ブオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 叫び声が一つじゃなくなっていた。追従する化け物達の声が重なって、いっそ地鳴りでも起きたような怒号の嵐は、アシュラコングを筆頭にゾロゾロと姿を現した。空を飛び交い、地を這い、数え切れない程の化け物達が俺達を狙う姿がそこにはあった。

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