第17話 俺は傭兵になった
「一度決まった職業は、後で変更することは原則出来ません。覚悟はよろしいですね?」
「……はい、大丈夫です」
「承知しました」
傭兵ギルドの一室で、淡白な会話が交わされた。
苦渋の決断を匂わせたが、スタッフはさも事務的と言わんばかりに用紙の上でカツカツとペンを走らせて、「では、これにてシア様の登録が完了しました」と、手続き終了を告げた。
傭兵としての門出である。あっさりしすぎだ。
「……では仕事の紹介をお願いします」
「よろしく頼む」
でもコイツはやる気なんだろうなぁ、と目を向けてみる。
「なんだ」
「……なんでもないです」
案の定キリッとしていた。俺はやれます、と言いたげに。
思わずため息をこぼしたが、そんな俺を気にかける様子もなく、対面から視線がビシビシ飛んでくるのを感じた。
「……どうしました?」
横に向けた首を正面に戻すと、スタッフが手続きの用紙を持ったまま、じっと俺を見ていた。眉根がわずかに寄っている、ちょっと不機嫌なもよう。
「まだ、私の自己紹介を済ませていません」
「すみません」
「今後、シア様の活動をサポートさせて頂きます。同行することはありませんが、拠点内であれば様々な情報を提供することが出来るでしょう」
「は、はあ」
「ピンと来ないようですね。命綱になるかもしれない情報、それが得られる場合、他人と見知った人間ならどちらが信憑性が高いでしょうか?」
身内にして、情報を受け入れやすくしたいって話か。確かに一理あるように感じた。なるほど、実は機械じゃないのかもしれない。
「そういうわけで、自己紹介を。私の名はクリス=ヴァイオレット、どうぞ末永く宜しくお願い致します」
「自分の名はシアと言います、宜しくお願い致します」
「ユートだ」
「偽名ですね、まあ貴方に期待はしてませんが」
もめるな、胃が痛む。
そんな俺の願いも虚しく、スタッフ――クリスさんは勇者を訝しげに睨み付けると、今度こそ手続き完了の用紙を俺に渡して、次は構成員として生き抜く為の心構えを話し始めた。
「新米傭兵にありがちなのは、目先の欲にとらわれて自分の力量を過信することです。例えば、初日にして四百万ゴールドの依頼を引き受ける。こういうものは殆どが常人では達成できない高難易度を誇ります。ルーキーの貴女達は絶対に引き受けないようにしてください」
「わかりました」
「そこの貴方もです、わかりましたね?」
「……ああ」
鋭い視線とセリフで二重に釘を刺されたのもあったか、勇者はバツが悪そうに返事した。
「あの、この人何かやらかすタイプですか?」
「申し訳ございません。規則上、私の口から個人の実績を第三者に話すことは出来ません。もし知りたいのであれば本人に直接お願いします」
「ユートさん。教えてくださいよ、仲間でしょ」
「……路銀を稼ぐために当時のパーティーでは達成が困難な仕事を引き受けた。仕事は失敗し、仲間だったメンバーに泥を塗った」
「何やってんですか」
「もう、そんな過ちは繰り返さない」
「本当に頼みますよ。名誉の死なんて御免ですからね」
「……ああ、わかっている」
「私からも切に願います。では早速、仕事の話に移りましょう」
クリスさんが提案した依頼は次の通りだった。
内容はとある薬の制作に必要な素材集め。風の国の富豪からの依頼で、家族が病に倒れたからそれを治す為の薬を探しているとの事。正規の手配では一年以上もかかるそうで、容態を見る限り一年も持ちそうにないことからギルドに依頼が来たそうだ。
「集める素材はオホロリュウキンカ……何ですかコレ」
「オホロ山の頂上近辺にしか生えないと言われている花のことだ。一般人ではとても立ち入り出来ないから、希少とされている」
「現在大型依頼が頻発しており、多くの正規構成員が出払っているので、貴女達に白羽の矢が立ちました。多少困難はありますが、正規構成員である貴女であれば問題ないでしょう。それに、この拠点があるので死亡リスクも少なめ。報酬は五百ゴールド、いかがでしょうか?」
「引き受けます」
始めの一歩にしては十分だろう。後は回数で慣らしていけばいい。依頼を正式に引き受けた俺達は、早速現場のオホロ山を目指すことにした。
「オホロ山って遠いんですか?」
「徒歩で半日だな。しばらくは歩きが続くだろう」また歩きかよ。
「まあ、こればっかりはどうしようもないですね」
オホロ山は風の国の中部に位置する小さな山で、人の息があまりかかっていないせいか、自然ならではの生態系を保有しているらしい。
また、ここにしか存在しない植物や魔物も生息していて、中でもアシュラコングという奴は要警戒だと勇者に教えられた。人よりも大きいうえに狂暴らしく、目が遭っただけで突然襲い掛かってくるそうだ。何より危機に陥ると味方を呼ぶらしい。
結果、一般人では立ち入り出来ない、ある種秘境として扱われているとのこと。随分と気が滅入る内容だった。
そんな時だった、勇者がボソリと呟いたのは。
「装備を新調しなければ」
「え」
「俺がいるから大きな問題はないと思う。だが、危険は無いに越したことは無い」
「珍しいですね。何か体に悪い物でも食べたんですか?」
「違う」
真正面から否定された。冗談は通じないらしい。そのまま真面目な顔で勇者は理由を口にする。答えは意外なものだった。
「俺も君を見習わなければ、と思ってな」
「……はっ」
前途多難だが、昨日の勇者よりは信じても良さそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます