第16話 俺はこの日、俺を知る
「結果はどうだった?」
「……そうですね。合格、でした」
「煮え切らないな。何かあったのか?」
「それがですね……」
翌日、俺は待ち合わせに指定した北口の階段で勇者と合流し、自室へと案内した。そこで、適正検査の結果を共有する。とりあえず"適確"と書いてあったこと、職業が決まったことを伝えると、抑揚のない声で「おめでとう」とだけ返された。何なんだコイツは。
「適正クラスも示してくれるんですよ、まあ最初から決まってたのでぬか喜びですが」
「む? そんなことがあるのか」
「候補にこんなのがありましたよ。魔導士か軍師、あとは詐欺師。何ですかコレ、ふざけてるのかな?」
「人を騙すのにうってつけだな。戦闘力は無いが、敵を扇動したり混乱させることに長けている。パーティに居て損はないだろう」
そこは肯定的なのかよ。
それにしても意外に優秀というのが現実味あってうさんくさい。
「興味あるのか?」
「あるわけないでしょう」
「……そうか。まあ、職業選択は本人の自由だからな。慎重に選んで自分に相性の良いものを探すといい。否、最初から決まってるんだったか」
「ユートさんは何を選んだんですか?」
そう聞くと、急に無口になってしまった。
「……言えない奴ですか?」
「選ばなかった」
「は?」
「済まない。これ以上はノーコメントにさせてくれ」
渋い顔で押し黙る勇者。触れるなという無言の訴えが非常に面倒臭い。
最近わかったが、勇者は自分に都合が悪い時は大体仏頂面で静かになる。しかも根ほり葉ほり聞こうとすると一切返事しなくなると来た。本当に面倒な奴である。
「って、選ばないってのもオーケーなんですか?」
「正規所属にならなければ問題ない」
「でも傭兵ギルドに入らないと満額稼げないんですよね? どうするんです」
「申し訳ないが交渉等は任せたい、報酬も君が全て管理していい。当然実働はきちんとする」
「正規所属じゃない人間と組むことって出来るんですか?」
「当時の規約では問題なかった。近年、改変があった話は聞いていないから問題ないと思う」
本当に大丈夫なんだろうか。取り敢えず言うことは聞いてるが、世界情勢に詳しくない俺が出張ってもあまり良い結果にはならない気がするんだが。
「取り敢えず一緒にギルドへ確認しに行きましょう。ただ、もし違反ならユートさんも職についてもらいますからね。良いですか?」
「わかっている」
一通りの方向性が決まった俺達は、再度ギルドへ向かい、スタッフに事情を説明した。
「問題ないですが、また貴方ですか」
「……」
スタッフに白い目を向けられる勇者。何かあったのか?
「悪い事は言いません。やめた方が良いと思いますが」
「他に充てがなくて」
「懸命な判断を勧めます。取り合えず貴女のみ登録、ということでよろしいですね?」
「はい」
「わかりました。では、まず開示できる情報を教えてください」
適正結果を自分なりに整理した用紙をスタッフに手渡す。何か考えるような素振りを見せると、
「……基礎能力値以外は殆ど真っ黒に塗りつぶされていますね。相当慎重なお方だ」
「はは、ちょっと自分でもよくわからなかったので。取り合えず、自身で説明出来る奴はピックアップしたつもりです」
「良いと思います。慎重なのは生きるうえで重要なことです」
適正結果の項目には基礎能力値というものがある。それは力、敏捷性、知力、器用さ、運の五要素で構成されている。そして、各基礎能力にはランクがあり、アルファベット順に最大値が"A"、最低値が"G"、平均値は"D"と区分けされている。
その中でも俺は知力と器用さが比較的高めの"C"。力は"E"で軟弱、敏捷性は"D"の並み、運は"G"のドン底。化粧が上手いというのも、いきなり化け物に襲われるのも地味に表現出来ているのが生々しい。
「知力と器用さを生かした職業が無難ですかね」
「ええ、ステータスの優劣による職業選択は一番失敗しない選択と言えるでしょう。魔術師系統がご希望に添えると思いますが、いかがですか?」
「……職業もここで決定しないといけない感じですかね?」
「いいえ、本人のタイミングで問題ありません。ただ、パーティを組む際の信用にも関わるので、早めに済ませておくことをお勧めします」
「わかりました。ありがとうございます……」
出来れば職業の話はしたくなかったから助かった。良い方向に話が進んだお陰か、どっと体から力が抜ける。取り合えず金の問題も含めてどうにかなりそうだ。
「いずれにしても適正はあるようですね、おめでとうございます。このまま傭兵として登録できますが、どうしますか?」
当然イエスだ。でなければ何も始まらない。
「はい、よろしくお願いします」
「承知しました。では先に登録だけは済ませておくので、職業選択だけはお願いします。念のためですが、一週間以内に選択されないと登録は無効となりますのでよろしくお願いします」
「あの、さっき言ったやめた方が良いって言うのは……」
「貴方、彼女に何も話していないのですか?」
今度こそ氷のような視線が勇者に向けられる。しかし、勇者はまるで動じていない。
「その必要がない。そう判断した」
「人でなしですね。また、同じことを繰り返すつもりですか」
「そのつもりは無い。それは昔から変わらない」
「……減らず口を」
ただならぬ物言いの応酬に険悪な空気が包み込む。勇者に目配せをしてみるが、やはり話す気はないらしい。ダンマリを決め込んでいた。
「……とりあえず、一旦この結果は持ち帰らせて頂きます」
「かしこまりました。お悩みのようですが職業選択の相談も受け付けておりますので、お気軽にご連絡下さい」
「ありがとうございます」
「何かあったら言ってください。絶対に」
「は、はい。わかりました」
スタッフの厚意に頭を下げて、逃げるようにギルドを離れた。
外に出て息を吸うと、冷たい空気が体を満たす。落ち着くどころか不安が煽られるだけだった。もう色々な問題が絡み合って、どうせなら全部忘れたい。特に隣の勇者とは一刻も早く離れたいのだ。
「じゃあ、これで」
「……ちょっと待ってくれ」
早く離れようとしたがダメだった。勇者はいつも通りの無表情、相変わらず何を考えているのか分からない。そんな顔しないでくれよ、ただでさえ落ち着かない毎日なんだから。
取り合えず顔に出ないよう、平静を装う。
「何か気になることでも?」
「君は……」
「……え?」
「君は、俺を知りたいか?」
興味ねえ。と、カッコ付けるわけにもいかないので、せめて取り繕おうと言葉を捻り出す。が、出来上がったのは結局殆ど本音と変わらないものだった。
「その必要は無いですよ。俺達は所詮人質と
「そうか、わかった」
「じゃあ、また明日」
「……ああ」
逃げるように自分の部屋に戻った。
逃げることばかり考えていた。実態もわからない魔王、勇者への悪評、そして得体の知れない自分自身。常に疑うことが求められる日常だ、心労が尋常じゃない。
何も知らない、何をすべきかわからない、何がわからないのかわからない。ずっと闇の中を歩いていれば、嫌でも不安は募る。
「誰か指図してくれよ」
自分で言っておいてハッとさせられる。これまでの自分を否定するのが自分とは。全くもって酷い話だ。
俺は今まで誰かの言いなりだった。それはどこまでも不自由で居心地の悪いものだった。だからこそ自分で選択が出来る自由を求めたはずだ。それなのに、いざ得てしまえば常に相応の責任と負荷が要求される。そして、どれも選ぶのが嫌になる内容ばかり。
逃げたいと思ったことなんて数え切れない。自分はとんでもない間違いを
「こんなの、どうしろって言うんだ」
握りしめた適正結果の用紙をまじまじと睨みつける。そこには固有能力の詳細に記載されている、"神託"という能力の説明があった。効果は"呪われた存在の力を引き出し、自在に操る"というもの。まあ、勇者の言ってた通りの記載だ、それは問題ない。
問題はその後だ。
もう一つ俺を悩ませる要因、それは。
『天は天の上に人を造らず。末永く生きる悪よ、
俺の知らない俺という存在。
一度死んだ俺は、一国の王女として今を生きている。だが、その前の、俺が彼女として生きるまでの過去は何一つ知らない。そして、それが俺に与えられた一生償わなければならない罪と関係があるとすれば。
並べられた適正には最初から斜線を引かれ、ある役職だけが残された。それは、まるで俺の運命が地の底へ堕ちる様を示す暗示のようだった。
「
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