第15話 俺の就活
待ち合わせ先を決めた翌朝。俺は宿屋で借りた部屋の洗面台で、人形みたいに綺麗な王女から、芋っぽい少女に変わった自分の顔をまじまじと睨みつけていた。
「こんな日が来るなんて、な」
まさか自分が鏡に向かって、ファンデーション片手に化粧するとは。
陶器の様に白かった素肌は肌色を強めにし、道中で拾った植物を元に作った塗料により金髪はくすんだ赤色に染まった。そのうえ旅人用の白地のガウンを羽織ることで、ロイヤルさは完全になりを潜めている。
うん、十分別人だ。今後はこの姿で活動しよう。
王女という身分は本当に面倒が多い。
一国の象徴なせいで、普通に街をほっつき歩いたなら簡単に正体がバレてしまう。しかし、俺はこの路銀問題を解決する為に、積極的に外を出歩かなければならない。国の追手が誰かもわからないのに、だ。
なので、化粧もこの面倒ごとへの対策の一つだ。
王族が楽ばかりの生活だっていう風潮作った奴、本当に許せない。
「ま、愚痴ばっか言ってもしょうがないか」
気持ちを切り替えて、俺は傭兵ギルドへと向かうことにした。ここから徒歩十分という好立地に感謝しながら、軽く散歩でもしつつ、街並みを楽しもうと試みる。
「やっぱ、俺のいた世界とは違うんだなあ」
売り物である武器や防具を手入れする武器商人。道行く人に笑顔で客引きする綺麗なお姉さん。朝っぱらから酔い潰れて路上で雑魚寝する屈強な男達。それを笑って見物するお子様一行。咥えタバコらしき何かを吹かしては、遠い目で悦に浸る若年カップル。なかなかに治安が悪すぎた。
「ああ、関わるのはやめておこう」
そそくさと通り抜け、辿り着いた傭兵ギルドの門をくぐる。
中に入ると、区役所みたくロビーの中に三つの受付があり、門番みたく待ち構えていた。それぞれの上には札が貼り付けられていて「短期」、「長期」、「その他」と達筆な文字で記されている。
中でも、短期と書かれた札の下には皮の鎧を身に付け、それぞれの武器を片手に戦士らしき人達が行列を作っていた。
「サービスカウンター的な奴は……」
「どうかしましたか?」
案内所でもあれば、と辺りを見回してみると、黒を基調とした制服の女性が声を掛けて来た。
「すみません。傭兵ギルドに加入したく」
「承知しました。では、こちらへ案内いたします」
すると、女性スタッフが指を刺したのは、目の前の受付ではなく、ロビーの脇の薄暗い廊下だった。ツカツカと歩く彼女に警戒心を抱きながら後に続くと、その先に待っていたのは小さな個室だった。
「ここは?」
「加入して頂く前に、貴女の能力を把握する必要があります。ここではその検査を受けてもらいます」
「……検査?」
「はい。戦闘力の無い、もしくは成長の兆しが見えない人間がおいそれと出来るものではありませんので」
適性検査ということか。身が引き締まるのが分かる。これで無理なら文字通り路頭に迷う可能性も捨てきれない。そんな未来は御免こうむりたい。
「とはいえ、検査に不合格でも構成員になる事はできます。一つだけ制約がありますが」
「制約、ですか?」
「ギルドから不適正と評された人間――いわゆる非正規構成員には人的補償が与えられません」
「人的補償……?」
「例えば、貴方が任務の遂行中に怪我をしたとしましょう。正規構成員と認められた人間には、ギルドから診療所の紹介と費用の一部補助が与えられます。ですが、非正規構成員にはそれらの権利が一切与えられません」
「他には?」
「給与は正規構成員の八割とさせて頂いております」
会社員から社会保険が消えて、給料の一部もカットみたいな感じか。なかやか手痛い話だが、ギルドに入れない事自体が一番最悪だ。それが無くなっただけでも良しとしよう。それに魔物相手にしくじったらどうせ死ぬんだ、あって無いようなもの。気に留める必要はない。
「上記が問題なければ、引き続き適正検査に移りたいと思います。いかがでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「承知しました。では、只今より検査用器具に座ってもらいます。こちらの席にどうぞ」
「は、はあ……」
スタッフが手で示した先には金属製の椅子が用意されており、それを囲うように箱型コンピュータの本体らしきものが何台も設置されていた。椅子と箱型が無数のコードでぐちゃぐちゃに繋げられている。
どう見ても実験器具にしか見えない。
「……これに座るんですか」
「はい。あと、これを付けてください」
そう言って渡されたのは、またコードがいくつも繋げられた黒いヘルメット。いつでも脳改造してやる、と言わんばかりに強烈な存在感を放っている。
本当にやるのか、ともう一度スタッフに目を向けてみたが、『早くしろ』と白い目で返された。
「じ、じゃあ行きます」
恐る恐る椅子に座り、ヘルメットを被る。すると目元まで塞がれ、暗闇になった視界が突然光を放ち始めた。
「う、うおおおおおお……?」
「じっとしてて下さいね」
何だコレは。沢山の文字が浮かび上がると、目を通り抜けて体中のあらゆる部位でぐちゃぐちゃに動き回り始めた。文字達が俺の中から何かを吸い上げると、吐き出されるように穴という穴から抜け出しては遥か頭上へと高く昇っていく。
そして――
"万物は流転する。魂の
光を宿した文字がそう綴られると、急にパタリと消え、ブラックアウトした。ちょっぴり動揺していると、すぐに真っ暗な世界に光が差し込んだ。
「終わりました」
「えっ」
「解析、終わりました」
「これだけですか……?」
「はい」
ヘルメットを外されて、すぐに一枚の用紙を手渡される。
「これが貴女の能力値になります。くれぐれも、その場で見ないでくださいね」
「……ど、どうしてです?」
「守秘義務がありますので。本人の了承が無い限り、私達構成員や他の第三者は資料を確認することはできないのです」
「は、はい。じゃあ合否はどうなるんです?」
「合否の結果だけはこちらでも確認出来ます。その為、二日後にもう一度来てください。結果を踏まえて貴女の今後のキャリアプランも話をさせて頂きたいので」
結局俺は部屋を追い出されて、後日もう一度ギルドに来るよう言い渡された。
釈然としないまま、その場を後にするしかないのであった。
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