第二章 疾風

第14話 俺と勇者のお忍び入国

 ザインツ公国――通称、風の国。

 由来は、やはり国を守るように覆いかぶさる、この風を濃縮したような半透明の外殻から来たらしい。

 確かに俺みたいな何も知らない人間は、初見でもうこの国の象徴を風だと認識している。そりゃあこんなバカデカい風の壁があるんだから、そういう通称になってもおかしくないか。


「……これ、そのまま入っていいんですか?」

「問題ない。費用も特にかからない」


 ひょっとして人が通れるようなものではないんじゃ、と恐る恐る関所を潜る……が、特に変わった事もなくすんなり通ることに成功。

 その先に現れたのは横一面に広がる巨大な下り階段。見下ろすと、鉛筆みたく縦長に伸びたレンガ屋根の街並みがずらりと広がっていた。

 建物の間を縫うようにせわしなく走り回る街の人達、中には商品を抱えながらの人もちらほら。何というか、巨大な球体の中にヨーロッパの街なみを一つ放り込みました。みたいな造りだった。


「案外簡単に入れるものなんだな」

「ああ、この国は非同盟国と呼ばれていてな。犯罪歴がなければ、どんな人間でも自由に出入り出来るよう無料開放しているんだ」

「隣に国があるんでしょ? そんなことして攻められたりしないんですか?」

「そういった政治事情には詳しくないが……そうだな、全てはこの風のお陰だ。これが外部の侵略を迎撃、およびシャットアウトしている。だから隣国は無暗に手出しができない」

「へえ、じゃあこの風ってやっぱり凄いんですね」

「多くの国を渡り歩いた自負はある。だが、ここまで機能している天然の要塞はなかなかお目にはかかれないだろう」

「他にもあるんですか?」

「ああ」


 この世界には天然の要塞と言われる国が六つ。

 地の国、グラスランド。

 火の国、マズル。

 水の国、ミネリアル。

 風の国、ザインツ。

 光の国、クララネス。

 闇の国、アバンディード。

 ……この風の国が持つ外殻と同様、どれもその名を示す自然的特徴を持っているらしい。これら七つの国は非同盟国と総称されてして、こんな感じで外部の人間が自由に出入りできるんだそうだ。


「一気に世界観が変わったな」

「どうした?」

「だってさっきの国は、樹海か平原ばっかで自然しかなかったじゃないですか。人を見かけたとしても小さな集落くらいしかなかったし」

「知らないのか? かなり有名な話だと思うが」


 不思議そうにこちらを見下ろす勇者。


「色々あったんですよ」

「……そうか」


 何か思うところがあったのか、勇者は大人しく引き下がった。助かった、無知がバレたら王女としての価値が大暴落まっしぐらだからな。


「まあ、ようやくゆっくり休めますね」

「そうだな。ここには宿屋もあれば、職場もある。結果を出せばしばらくは暮らせるだろう」

「ここにも手配書貼られてるんですかね」

「……あるだろうな。手出しはされないと思うが」

「ずっとここに居たいんですけどね」

「追われている身だからな。基本的に他国から不干渉な土地とはいえ、いつ誰に情報がれるかはわからない。念には念を、大事な事だ」


 それもそうか。と言い切れるほどの経験と余裕があれば、と思ったことは少なくない。

 振り回され過ぎてもう疲労困憊。そもそも俺は人と居ることがそんなに得意じゃない。生きる為とはいえ、同じ人間と何日も共同生活をするのは正直堪えていた。


「で、ユートさんはどこに泊まるんです?」

「ああ、行きつけの場所があってな」

「へえ、ユートさんにも知り合いいるんですね」

「まあな」


 その時、勇者の表情がほんの少し曇った気した。


「じゃ、じゃあ俺は適当に宿探して寝るんで、明日の待ち合わせだけ決めておきましょうか」

「わかった」


 それから簡単な予定だけを決めて、この日はこれで解散となった。


 この世界に来て感じたことがある。

 俺はずっと誰かの顔を伺うような生活ばかり送って来た。家では親の機嫌ばかり気にし、学校では他の生徒や教師と距離を置き、毎日誰かと離れようと気を張って生きて来た。

 それが日常だったから、死ぬ前までは色の無い人生だと決めつけていた。しかし、今にして思えばこう思う。実は死んでいたのは世界じゃなくて、自分だったのかもしれない、と。


「よみがえり、か」


 空は風に覆われているせいか灰色にしか見えない。けれど、気持ちは生前に比べてずっと晴れやかだった。ただ空を眺める為だけに天を見上げたことなんて、一度もなかったから。

 地続きに続くこの人生、景色や人は変われど俺は変わらない。そう思っていた筈なのに、注意深く振る舞っていると情報過多で溺れそうになる。当然、荒波の真っ只中の俺はどこに向かってるかなんて知る由もない。

 けれどこうも思う、自分が変われば何かが変わるのかもしれない、と。


 相変わらず生きる目的はない。死ぬのが怖いだけ。そうやって内で喚く何かにふたをしながらも、生きるとは何かを少しずつ考え始めていた。

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