第23話 俺の平穏でない休日
一期一会ということわざがある。
それは、どんなに顔なじみでも、どんなに関係の深い相手でも、いずれ居なくなるかもしれないからその時を大切にしよう。という意味を込めて使われることが多い。
勇者との出会いもまたこれに当てはまる。正直、関わってからは危ないことの連続だし、何考えているかわからないしで、命がいくつあっても足りる気がしないが、いなくなられたらそれはそれで嫌だと思ったのは逃れられない事実。
オホロ山での依頼中、死んだと思っていた勇者が息を吹き返す姿に、それはもう心底ほっとした。「死なないと言っただろう」と、さも当然みたく言われたのは癪だったが、生きててよかったと本心からそう思えたのである。
「まさか、俺が人の身を案じる日が来るとは」
久しぶりにやってきた休日。少しばかりお金と時間の余裕が出来た俺は、いつも通りの変装(髪を赤く染め、白地のガウンを着た状態)をして、ふらふらと街をほっつき歩いていた。やっぱり穏やかな時間が一番だ、じじ臭いと言われようが構わん。殺伐とした世の中で骨をうずめていたら、嫌でも平和が恋しくなる。
でも、世の中には大切にしなくても良い出会いもあると思うんだ。
「ねえ、お姫しゃま。いっちょにお茶ちない?」
「すみません。間に合ってます」
俺の前に立ちふさがる鼻たれ小僧、仰々しく仁王立ち。どんなナンパだよ。そんな趣味はないので通り過ぎようとすると、
「お茶ちない!!」
「なんだよ」
「お茶!!」
「ええ……めんどくさい。すみません、忙しいので」
「なんでぇ! 次会ったらお茶してくれるって約束だったじゃん!!」
「きっとそれ、多分別人です」
「んもー!!」
ムキー、と言いながらその場で喚き散らす小僧。引いた目で通り過ぎていく街の住人。で、矛先は保護監督責任を押し付けられた俺。うわー、久しいなこのアウェー感。最悪に居心地が悪い。
「……わかりましたよ。何か食べたいんですか?」
「ちがうの!! でぇと!!」
「小僧が一丁前にそんな事口走らなくていいんです。ほら、適当に飯屋探しますよ」
「んもー!!」
とっとと宿屋に行きたかったけど、ついてこられちゃ溜まらん。腹いっぱいにさせてどっかに置いていこう。
「って、金無いわ俺」
「へ?」
「お金、殆ど持ってないんですよ。まだ職ついたばっかだし」
「お家から貰えばいいぢゃん!!」
「無理っすよ、だって……」
「だって?」
「家出中ですし」嘘だけど。
「ええ、それはたいへんっ!! じゃあおかねだす!!」
「いやです。子供からお金たかるとか、そこまで人間捨ててません」
「んもー!! レディがそんな心配ひつようないのにぃ!!」
そう言って、小僧はズポンのポッケから何かを取り出した。小さな掌には不釣り合いな、えらくゴツゴツした一個の指輪。それを俺に差し出すと、したり顔でふんぞり返った。
「何ですか、コレ」
「婚約指輪! 売れば山一つ買える!!」
「……あの、正気ですか?」
「ふふん、だってチミはぼくと同じにおいがしたんだもん!!」
「いや、冗談にも程があるって」
「んもー!! そんなに信じられないならコレもあげるっ。コレなら、チミも知ってるでしょっ?」
「おままごとなら他所で――はっ!?」
次に手渡されたのは、これまたちゃっちい包み紙。しかし、今度こそ俺はこの小さな小僧と包み紙を何度も凝視した。オホロ山を旅立つ前に言われた勇者の講釈を思い出したのである。
『この際だから覚えておくと良い。旅をするうえで、道中拾える換金アイテムなるものがある』
『はあ』
『中には一個売れば五万ゴールドする物もある』
『はあ!? それ、かき集めたら一生遊んで暮らせるじゃないですか』
『まあ、それだけ金になるということは、それだけ希少価値が高いということだが。色々な場所を巡る旅になるはずだから、資金は潤沢な方がいいだろう』
雷でも撃ち落とされた気分だった。働かなくても良い、なんて最高にハッピーな人生を送る為に、換金アイテムについてはある程度勉強していたんだ。さらっと出してくれてるが、俺はその紙の価値を知っている。レア魔物を討伐してごく稀に貰えるといわれる、価値にして十万ゴールドの代物。まさか、コイツ――
「えすこーと、きてくれりゅ?」
「オーケー、命に代えても」
あんな勇者知らん。俺は普通に店のうまい飯で超ボンボンの小僧と一緒に腹を満たすんだ。どんな奴でもうまい餌をぶら下げて来たなら、勇者を出し抜くなんて造作もない。罪悪感なんて余裕で無力だった。
そんな割り切りなぞ知る由も無く、とてとて、と小僧は気の抜けた足音で俺を先導する。フラフラとした足取りがとてつもなく今後を不安にさせるが、歩いて数分後の今はまだ平穏。
この世界にやって来て、初日でそれが起きたからな。見た目だけで人を信用するのはマジでよくない。まあ、金と楽に目が
「こっちこっち!」
「おう、心配するな少年。気持ちだけは付いてってるからな」
俺の認識は小僧から少年にランクアップしました。
山登りなんて現代人には重荷過ぎた、手足胴体全部疲労でバキバキである。こちとら少年のはしゃぎっぷりに息も絶え絶え、馬鹿正直にペースを合わせてたら骨までバキバキになるかもしれん。
「早くしないと、おいてくよぉ~」
「レディは疲れてます。少しは配慮しなさい」
「だって、歩くの遅いんだもん……でも、それじゃあえすこーとじゃないね。待ってるね」
「わかってるじゃん、いいこいいこ」
「なでるな、こどもじゃないっ!!」
オメーは子供だ。なんて
「着いたよ!!」
「どこですかココ」
たどり着いたのは、瓦屋根の古びたお屋敷だった。植物の根が柱にへばりついている。実家ほどではないが、なかなか手入れがなってない。
「入って!!」
「いや、何屋さんなんですか」
「お茶!!」
「……見てからのお楽しみって訳ね。了解」
どうせなら勇者連れて来ればよかったなぁ、とほんのり後悔していると、不服そうにこちらを睨むねずみ色のローブを着た青年が待ち構えていた。
「……そういうことね」
「どこを歩いていた。探したぞ」
「散歩してただけですって、少しくらいハメ外させてくださいよ」
浮かない顔をした勇者は「そうか」と言って、腕組みをして椅子に座ると、何も言わず静かに固まってしまった。自由かよ。
それを見つめるニコニコの少年。ひょっとしてこの勇者、家庭持ち?
「すわっていーよ!!」
ささっと、椅子を引いて俺を座らせると、残りの開いた席に少年は腰掛けて、えっへんと音の抜けた咳払いをした。
「じゃ、お茶ちよっか」
「いや、ここどこですか」
「ぼくのいえ!!」
大胆だなこの少年、一発目から家デートかよ。
「ユートさん、知り合いなんですか? この子」
「ああ、居候させてもらっている」
「しっかりしてくださいよ。この子の親に許可貰ってるんですか?」
「それは大丈夫!! ぼくのいえだから!!」
「そういうことだ。だから心配はない」
どういうことだよ。
疑念が沸き、何が何だかわからない状況に陥った俺。しかし、この後の勇者の発言で、俺の脳みそはさらに混乱を極めるのであった。
「俺から紹介させてもらう。彼の名はビスマルク=アイゼンブラッド卿、前魔王だ」
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