第24話 俺の過ち
「前、魔王……?」
「ああ」
「でしゅのだ!! よろしくぅ!!」
頭の痛くなるやりとりから逃げるように目を逸らして、ようやくこの家が使い古された家具しか置いておらず、子供の住む部屋にしては殺風景なことに気付いた。目立つものとすれば、植木鉢で育てられた観葉植物くらい。
しかし、それが前魔王だという証明になるわけもなく、疑念は膨らむばかり。
「説明してくれるんですよね?」
「ああ、そのつもりだ。まず、先程も伝えた通り、この少年の外見をした御仁こそ元魔王、ビスマルク=アイゼンブラッド卿だ」
「ビスでいいよぉ!! ちゅかビスでよんでっ!!」
見た目相応のハニカミを見せるこの鼻垂れ小僧が、元魔王と。
「……俺をからかってもいいことないぞ? あと少年、こんな怪しさ丸出しなお兄さんの茶番に付き合ってるならやめとけ。立派な大人にはなれんぞ」
「ぼくのすんごいオーラが見えないの!?」
「ええ……ちんまい」
「んもー!!」
「なるほど。神託に選ばれた人間は影響されないということか。あと、俺は怪しい者じゃない」
「何を言ってるんだ、アンタ」
勇者の表情がやたら険しいせいで、ここぞとばかりにカッコつけてるヤバイ奴らにしか見えない。
だが、次の勇者の言葉で、俺は耳を傾けずにはいられなくなった。
「魔王について話そう」
概念だらけで実体のない存在、魔王。
俺と勇者が旅を始めた理由。
「世界が始まる前、この空間には"無"のみが存在した。光もなく、闇もない。当然物体もない。ただ、何もないという感触。神はこの"無"に寂しさを抱いたという。その寂しさを埋める為には、魂が循環できるような世が必要だと神は考えた。それから神は魂を育む土壌として星、空、海を造った」
「地上はだれが?」
「悪魔」
「は?」
「悪魔は常に歪み合い、争いを求めた。時には空を汚し、海を焼き、同胞を殺した。そうやって犠牲になった者達の残滓の溜まり場。それをこの世界では大地と呼んでいる」
勇者は続ける。
「それでは突然だが、この世界は悪で出来ていると言われたら、君はどうする」
「何を言ってるんだろう、と思います」
「それもそうだな。この世界のありとあらゆる存在は、全て神から授けられたという神話が常識とされているからだ」
何を言ってるんだろう、明後日の回答に目が眩んだ。
「話を戻す。魂が命を生み、命が魂を創造する。その魂が新たに命を生み出す。こうして世界は循環し、"無"を埋めていった。だが、その循環の連続は魂にある欠陥を生み出す」
「欠陥……?」
「それが魂を
なかなかエグい話だ。生前の世界だったら、もっとこの世界は神聖だとか難癖つけられて邪教徒扱いされていただろうな。
「この悪を成す根源とされる概念が、"
「根拠と呼べるものは?」
「魔物という存在だ。あれらは元々一つの生物に過ぎなかった個体が、四柱のいずれかと交わり過ぎた結果、進化の道を外れた成れの果て。ライカンスロープもその典型と言える。不完全であるからこそ、
他の魔物も、支柱に関わる
とって付けたような根拠だと思った。確かにこの世界はファンタジーよろしく魔法も使えれば、勇者や魔物、魔王も存在する。
……あまりに抽象的過ぎる。
「随分とねじまがった世界観ですね。なんか、もっと水素とか酸素とかいう根本を構築する要素は無いんですか?」
「すいそ……初めて聞く名だ。だが、この世のありとあらゆる出来事は四柱の均衡により黎明、不和により消滅を繰り返している。その中で起きた衝突などで生まれた副産物を、現代では物質と呼んでいる」
本当かよ。そう思いながら、隣で楽しそうに椅子をギコギコ揺らす少年に目配せしてみる。ウインクだけが帰って来た。やっぱり小僧だ、魔王な訳がない。
「重要なのはここからだ。四柱という観念はあらゆる物事において循環を生み出す。この世の不完全に反発する為に新たな生命を生み出し、既存の生命は自己を保つ為に新旧問わず他者を脅かす。そして、互いに削り合うことで、不完全な何かを作り上げる。その不完全を世界は忌み嫌い、完全とする為に新たな反発を生み出す」
そして、
「この循環を途絶えさせるものが"必要悪"であり、その根源と呼ぶべき存在こそ、"魔王"」
「つまり、俺達の戦うべき相手は、世界を構成する何かだと?」
「そうとも言える。そして、魔王もまた循環する」
「……それは"元"魔王と繋がるんですか?」
「ああ。時が経てば魔王という悪は、遠い誰かに乗り移る。このアイゼンブラッド卿が生きた証拠だ」
「魔王は諸行無常だからね、えっへん!!」
「で、その元魔王がこの少年、と」
「そうだ」
「そうゆうこと!」
「本気で言ってるんです?」
「当然だ」
馬鹿らしい。
なんだ、そのおとぎ話。そんなものにアンタは命を賭けてたのか?
勇者はどこまでも真剣だ。もう何を言っても無駄だ。信仰なんて次元じゃない、なんかもう常識として刷り込まれている。
確かにこの世界には化け物がいて、それを倒す魔法があって、魔王とかいう存在がいて、それを追う自称勇者もいる。どう考えても俺の知る現実とはかけ離れた新世界だ。そんな前情報があっても信じられんものは信じられん。証拠も何も無さすぎる。やっぱ悪ふざけなんじゃないのか。
そもそも勇者が言うには、この情報は一般常識じゃなくて、知る人ぞって奴だと口にしていた。それを勇者が知ってるのも意味わからんし、元魔王と勇者が知り合いって言うのも謎だ。
何というか、そのまま受け取るのが間違いと思わされるような、そんなどす黒い陰謀を感じる。ひょっとして――
「ちょっとお姫しゃま」
「ん?」
甘い囁き声に思わず振り向いて、
「それはね、口に出さない方がいいよ」
「は――」
ぞっとした。
少年は子供と忘れさせる程に、あまりに蠱惑的な笑みを浮かべていた。不自然に開いた瞳孔がすうっとこちらを覗き込んでいる。
深淵と呼ぶに相応しい泥沼じみた黒色。一度その中に入ったら二度と帰って来れないような、そんな底の見えない
「たぶん、きっとあってるから。ふたりだけのひみつ!!」
ふれてはいけない。
ふれてしまったら、二度と元にもどれない。
俺は、何も言う事が出来なかった。
第二章 疾風 終
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