第33話 俺は大人になる

「魔物……何かヒントを見つけたのか?」

「ええ。思ったんです。魔物にしかり、動物にしかり、本来俺達人間より外敵が多い自然の中で生きている。しかし、モノによっては俺達より早く察知して外敵を掻い潜っている」

「その理屈を応用できれば、俺達の課題も解決できると?」

「はい」

「そうか」


 それからしばらく無言が続いた。横顔を眺めるが、特に表情はいつも通りの無。悩んでいる素振りも無ければ、何か考えているのかも怪しい。

 しかし、勇者は杞憂を抱えた俺に目もくれず、どこまでもマイペースに淡々と答えた。

 

「俺が思うに、飛行生物や獣類は察知能力が高いように思う」

「じゅうるい?」

「傭兵ギルドでは、この世界の生物を大きく五種に区分けしている」


 勇者がこの世界の生物に対する区分けを一通り説明してくれた。まとめると、五つの系統に分かれるらしい。

 一つ目、人類じんるい。俺達ヒトや、特定の地域に属する二足歩行の獣を彷彿とさせる亜人に分かれるという。魔物から進化を遂げた魔族も人類に区分けされることが多い。

 二つ目、獣類じゅうるい。当時の世界でいえば人を除く乳類が該当しそう。アシュラコング、ツインヘッドグリズリー等が心当たりか。

 三つ目、飛行生物。ジェットニードルや蝙蝠こうもりを二回り大きくしたオホロバットなどの飛行生物。

 四つ目、海上・海中生物。文字通り海の上や深海に生息する生物が該当する。

 五つ目、不定形。これは生態系が不明な生物の総称。先日戦った竜や、まだ出会っていないが、食人、食虫植物もコレに該当するらしい。


「なんというか、乳類とか、魚類とか分かれてると思ってました。意外とアバウトなんですね」

「ほにゅうるい、ぎょるい、が何かはわからないが……まあ、大きく分けるとこの五つになるな」


 どうやら前世ほど、生物の生態系の研究は進んでいないらしく、調べようにも死人が続出するから、傭兵等の戦力を持った集団のおこぼれでしか情報が集まらないらしい。


「不定形は未知の生物であり、調査が進んでいない。さっきの緑竜りょくりゅうもしかり、基本的に強力な個体が多いので逃亡が推奨されている」 


 あれ緑竜って言われてるのか。確かに緑っぽいウロコしてたな。


「ライカンスロープはどれに該当するんですか?」

「人類だ。元々は狼が知能を得て、独自の進化を遂げたという説が濃厚でな。それ故に魔族にも属している」


 確かにアイツら、匂いを辿って俺達を追っかけて来たし、ニトロツムジダケの生えた洞窟には入って来ようとしなかった。とはいえ嗅覚……真似は難しいか。


「飛行生物の虫型は参考になるかもしれない」

「その心は?」

「大勢で行動しても挙動が乱れない。標的に一直線、ということはそれぞれの動きが把握できているんじゃないか、とな」

「ジェットニードルがそんな感じありましたね。他の虫型も似た動きするんですか?」

「ああ。少なくとも、共通の敵が居る間は同士討ちはしないと思う。見たことが無い」


 なるほど。確かにあの統率はよほど仲間の位置や習性がわかってないと難しい。蜂は女王蜂のフェロモンを辿って集団行動をするみたいだし。逆に目印になるものを用意して、その反応を起点に行動するのは……悪くないとは思うが、やり方はどうすれば良い。


「待て」


 その時、勇者が俺の肩を掴んだ。真っ直ぐに俺を見据えている、何か言いたいことがあるのか?


「最初に言っておくことがある」


 全てを見透かすような視線。だが、いつも感じる糾弾のような何かとは違う。何か俺に訴えようとしているように見えた。


「どうしたんです、急に」

「戦い方は、君に任せる」

「え?」

「押し付けるつもりではない。だが、君が先導した方が俺より良い結果になると思った」


 託されようとしてるのか? 誰かの邪魔ばかりして、誰かに否定され続けて来たこの俺が?

 

「いやいや、冗談辞めてくださいよ。俺、まともに戦って三ヶ月も経ってないんですよ。それに――」

「大丈夫だ。確かに共に過ごした時間は短いかもしれない。だが、俺は知っている。君の指示には配慮があることを」


 勇者という男は真っ直ぐだ。時には危うさや愚かさを感じるほど、どこまでも真っ直ぐ。それは、短い時間であろうと嫌でもわかる。

 どんな過去があったかなんて、上辺しか知らない。だが、俺を生かすという約束を守り続けている。それでも、俺の過去が警鐘を鳴らし続ける。


『余計な事をするな』

『ちょっと空気読んで欲しいかな』

『何でそんなことすんだよ』

『お前は言うことを聞いていればいいんだ』


 本当にそれでいいのか。

 俺みたいな人間が、誰かと一緒にいていいのか。そんな問いを、嫌になるほどずっと。


「誰かの為に何かをするのは悪くないものだ。どうしようもない人生だが、それだけは言い切れるつもりだ」

「はっ……」

「狼狽える必要はない、君は考えろ。障壁は俺が斬り捨てる」


 自分を信じられない。ここまで言われてもなお、人を疑う気持ちは消えない。ひょっとしたら、また騙されるんじゃないかって。いいように使われるんじゃないかって。足を掬われるんじゃないかって。そんな恐怖はずっと消えない。なんなら、一生消えないと思っている。


 それでも。


「わかりました。協力は、お願いします」

「任せろ」


 俺を頼ってくれた人がいただろうか。

 俺に何かを託してくれた人がいただろうか。

 俺を信じてくれた人がいただろうか。


 人は変わる。どれだけ過去を想っても、新しい環境や新しい人に触れることで、偏見というコレクションは状況に適した形に変化する。それが性格に現れるのか、それとも行動に現れるのか。タイミングは人それぞれだ。

 そして、自分の願う形に変化するチャンスは、どこまでも少ないことを俺は知っている。


 虚勢を張っている暇は無い。

 可能性では終わらせず、変わったという事実を受け入れ、新しい人生を生きよう。


『人を殺したくせに幸せになれるとでも?』


 たとえ、どれだけの声が俺を憎もうと、変化を拒もうとも。

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