第58話 やさしい嘘はいらない

 真っ白な光に焼かれて死にかけたあの日。俺を救ってくれたアイツはとても不細工な顔で笑ってみせた。

 それがどういう意味かなんて馬鹿な俺でもわかる。仕方がないと正当化としてみるが、置き去りにしたという事実は消えるわけもない。そして、そんな俺を馬鹿にするみたく罪悪感は現れて、俺に問い続ける。


「お母様」

「なあに」

「天国にいるみたいです。とても良い」

「滅多なこと言わないの。でも、嬉しいわ」


『本当に、それでいいのか』


 照りつける穏やかな日の光が、寝かし付けてくれる王妃様のやさしさが、ささくれた自分を清めてくれる。人肌に包まれてやさしく頭を撫でてもらうこの一時があまりに居心地が良くて。

 すぐに理解した、これが皆の見ていた景色なんだって。


「ずっと、このままが良いです」

「大丈夫よ。お母様、お父様がずっと貴女の側にいるから」

「私、頑張ります。もっと立派になって、お母様とお父様が安心出来るような人間になります」


 全部、捨ててしまいたい。

 嘘で塗り固めた虚言に吐き気がして、見たくないものが見えなくなった嬉しさで無かったことにした。


「ふふふ」

「……ステラ?」


 夢みたいだと言われればその通りだ。それでもまだ足りない。

 昔からそういうものに対する飢えは、どこまでも俺の人生にへばりついてきた。そして、引き剥がしても引き剥がしても消えやしない。

 つぐつぐ汚れた人間だよ。自分の親を手にかけておいて、のうのうと第二の人生で幸せになろうとしてるのだから。


『余計な事をするな』

『ちょっと空気読んで欲しいかな』

『何でそんなことすんだよ』

『お前は言うことを聞いていればいいんだ』


 アイツらと同じだ。弱者の気も知らずにのうのうと生を謳歌して、アリを踏み潰すみたく何食わぬ顔で人の居場所を奪っていく奴らと同じだ。

 じゃあ、俺が死んだ世界でアイツらもこんな思いをしてるのか? ないな、どうせ皆忘れてる。何事もなく、それぞれが描いた毎日を生きてるだろうよ。


 そんなもんだ、人生なんて。

 こんな意味のない苦しみを抱えているのは俺だけだ。捨ててしまえばいいんだ、こんなもの。


「なんでもないです。楽しくなっちゃって」

「それはよかった」


 はあ、笑ってるコイツが他人なら良かったのに。


 翌日、目を覚ました俺は自室に籠り、部屋の窓で日光浴をする。我ながらじじ臭いなとは思ったが、気分が沈んだ時に陽の光を浴びるのは、はらわたに溜まった薄暗い何かを少しだけ鎮めてくれる気がした。

 今日も日課のトレーニングに自己学習、外交の練習やら兵法の理解。独立国であるヴェーミールでは、隣国との交渉が欠かせないとかで、外交に関しては念入りにやる。


『今日も訓練ですか? 頑張ってくださいね!』

『心配しないでくださいっ。いざという時はわれわれがステラ様をお守りしますので!!』

『ステラ様、座学の調子はいかがですか? お困りごとがあれば言ってくださいね!』

『ステラ様。これ、うちで作った砂糖菓子です! 是非食べていってください!』

『一緒に遊んでよ、ステラさまぁ』

『ぼくもステラさまをまもれるくらい、つよくなるんだぁ』

『いつもありがとうございます。我々国民に顔をお見せ頂いて、それだけで我らは救われます』


 覚えることは山のように沢山だ。重圧も大きい。それでも押しつぶされないよう今日も気を強く保ちながら一日を消化する。どうしても心が折れそうな時は、気に掛けてくれた人たちの声で活力を取り戻す。


「さて、今日も一日がんばるか」


 まさか、人の声が支えになるとはな。よし、やれる気がする。

 そう気合を入れた矢先の出来事だった。


「ステラ」

「……お母様、どうされました?」

「国王がお呼びです」


 絵に描いたような仏頂面だ、滅茶苦茶嫌そうな顔してる。


「だ、大丈夫ですか? 私何か気に触ることでも……」

「ち、違うわ。ステラのせいなわけないじゃない!? あの男、せっかくの母娘の時間を今後のためだとか訳の分からないことで台無しにして……だから、ステラが悪いことなんてこれっぽっちもないの。ああ、もうっ。八つ裂きにしてやろうかしら」


 ワタワタしてとんでもないことを言うな、この人。

 王室に向かうまでの間、それはもうプリプリ怒っていた。やれ「よその国に置き去りにしようかしら」とか、「ティータイムに毒仕込むのもアリね」だとか。

 そっと閉まっておこう、荷が重すぎる。なにより俺には真っ先に解決しなければいけない問題があるのだ。


「王との対面で、気をつけるべきことはありますか?」

「……はい?」


 心臓が跳ねた。特に粗は出してないつもりだったが、何を言ってるんだコイツは、という困惑がくっきり顔に出ている。


「いや、その。いずれ外交にも出向きますし、形式的でも礼儀作法は叩き込みたくてですね」

「使用人は教えてくれなかったのですか?」

「皆さん丁寧に教えて頂けるのですが、やはり座学では私が心配になってしまいまして。実践経験を通した方が空気感もわかると思ったのですが……やはり、駄目ですか?」


 言い訳が苦し紛れすぎて溜め息が出そうだ。自分の要領の悪さにびっくりするが、俺なんて所詮こんなもん。ああ、頭使いすぎてクラクラする。これだから即興劇は苦手なんだ。


「……確かに、一理あるわね。一国が左右するやり取りは空気感で全てがガラリと変わる。たった一つの油断で国が滅ぶ、そんな事例も少なくない。念には念を、ということね?」

「そう、そうなんです」

「わかったわ」


 王妃様は会話を切るように一拍を置いて、


「一つ、お願いがあるの」


 何かを押し殺したような表情は、正直直視できるものではなくて。けれど、どうにかその迫力に呑まれず、逃げずに向かい合えた。すると、虚勢がバレたのか王妃様は小さく笑って、そして、ゆっくりとした口調で俺に告げた。


「取り繕わないであげて。あなただけは、あの人の前ではありのままでいてほしい」

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