第57話 代償

 ヴェーミール王国に戻って、結構な日が過ぎた。

 冬景色は模様を変え、さえずる小鳥の声がちらほら。新たな芽吹きとともに、ほんのりと暖かい春の風が吹き始めた。

 俺は今、自分なりに分析した結果のアウトプットとして、一人用の訓練室で修行に勤しんでいる。が、正直に言うと進捗はあまりよろしくない。

 戦い方どころか、その前の基礎中の基礎から始めている状況。出遅れなんてレベルじゃない、普通に周回遅れもいいとこ。

 本当ならいち早く実践経験を積んで大事に備えたい。しかし、管理人さんは焦りすぎだと諭すようにりなした。

 そして、次に言われたアドバイスはあまりに芯を喰うものだった。


『まずは自分の体に慣れましょう』

『……体に慣れる?』

『はい。実践は大事なのですが、何よりも自分の体をどう使えばどう動くかを理解して欲しいのです』

『体をどう使えば……ですか?』


 正直何を言ってるんだとは思ったけど、管理人さんは自信満々に続ける。


『はい。おそらくステラ様も大まかには理解してると思うのです。よく、兵士の動きや位置取りを気にされてましたよね』

『そうですね、何か掴めるかと思って』

『その切り口から最終的に行き着くのは身体の可動域でしょう。視野はどれくらい、最適な体の捻りはどこまで、バランスを保てる体制はどういう状態に……といった具合ですね。有効範囲もこの考えが使えます』

『可動域や動かし方を理解すれば、自ずと敵の動きもわかる……ということであってますか?』

『三割程度は合ってます。それ以上は知識だけじゃしっくり来ないかもしれません。なので、後は反復あるのみです!!』

 

 と言った具合に半ば押し切られる形だったが、その内容は素人なら嫌でも納得せざるを得ないものだった。


「ぼちゃん」


 発動した魔法による頭上からの落水に当たらないよう、発動しては避けてを繰り返す。

 成功率は三割程度。失敗で全身ずぶ濡れなのもあって非常に動きづらい、服という名の重りがまあ枷になっている。

 そんな中、魔法に頭のリソースを割きつつ行動を最適化。

 ちょっとやってみて分かった。名人芸だと舌を巻いた模擬戦の数々は、気が遠くなるほどの基礎を積み上げたうえで膨大な経験や知識の上に成り立っているんだと。


「泣きたくなるな」


 よぎっちゃダメなんだけどな。

 あの野郎、元気にしてるかな。


「ああ、もう。忘れろ」


 必要な力はこれだけじゃない。俺は他にも国を統べる力、他国とやり合う力も身に付けなければならない。この国の王となる以上、必須スキルと言えるだろう。現に最近になって、ロレンタさんを筆頭に帝王学等の座学が始まった。

 正直舐めてた。進学校で勉強かじってたから体制はあると思ってたんだが、見事にハードパンチを喰らわされた。王族が楽な生活だなんて言った奴、ぶっ飛ばしてやる。

 そんな小言を頭の中で吐きつつ、見てくれだけは生真面目な王女の皮を被り続ける。


「折れるなよ、こんなところで」


 愚痴で気は紛らわせられず、次第に集中も途切れ始めて、結局二時間程度で止めた。逃げるように自室に籠り、机に置きっぱなしにしていた本を漁る。中身はとある一国の兵士である青年が英雄になるまでの軌跡。

 最初は兵士として剣を握っていた青年が、数々の任務や戦を経て、いつしか祖国を旅立ち新しく国を作るというもの。

 シリーズ物になっていて、十冊に分けられているらしい。まだ四冊分しか読めてないが、内容は割と明るめなので気が滅入った時は読むようにしている。


「まさか、本を読むようになるなんてな」

「ふぅん、ステラはあまり本が好きじゃないのかしら?」

「うおっ、お母様……ノックくらいしてくれませんか。びっくりしてしまいます」

「家族水入らず、でしょう?」


 滅茶苦茶ニコニコされてらっしゃる。何かゴキゲンな理由でもあるんだろうか。


「ステラ、ちょっと時間もらえる?」

「はい、大丈夫です。どうされたんです?」

「ちょっと思い詰めてそうだったから、気になってね」


 そんなに顔に出てたのか、流石に反省案件だな。


「申し訳ございません。気を引き締めます」

「そういうことじゃなくて。私達はね、ステラの助けになりたいの」


 あまりに心配そうに見つめられたせいで、思わず言葉に詰まってしまった。こういう時何と返せばいいのかわからない。


「何に悩んでいるの?」

「それは……」


 実の娘が力欲しさに苦悩してるなんて知ったら、どう思うだろう。鼻で笑いたくなるしょうもない杞憂だ、しかし俺は見てしまった。


「ごめんなさい。こんな迫るような言い方してしまって」


 やさしい微笑みのかたわらで、うっすらと目尻からこぼれ落ちるものが見えた。そうか、普通に考えて実の娘が急に居なくなったら、ショックを受けるのも無理はない。

 それに、ここにいるのは俺じゃない。ステラだ。


「また居なくなってしまうと思うと、怖くてたまらなくなるの」


 抱きしめられた体が軋むようだった。

 こんなにも心を痛めてくれる人がいる。なのに、受け止められない。だって俺はステラじゃないから。

 罪悪感とか諸々で頭の中がぐちゃぐちゃになって、いっそ叫びたくなる。わかっていたはずだ、こういう道だって。後戻りはもう出来ないってのに。


「……お願いです。少しだけ、このままでいさせてください」


 やっぱり俺、気持ち悪いわ。

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