第56話 吟味
例えばの話をさせてくれ。
よくテレビで活躍するスポーツ選手が、力みもなくシンプルにやってのける神技を真似たくなる瞬間はないだろうか。
物陰から野球番組を盗み見てた時に思ったんだ、観客席へと伸びる綺麗な放物線のアーチ。誰だって一度は思う、ひょっとしたら俺もって。
だが、蓋を開けてみればバットは重いしボールも硬い。そのうえ、体も思うように動かない。
「ふんぬ、ふんぬっ」
「フラフラですよ、大丈夫ですかぁ!?」
木剣を振るえばこっちが振り回された。見事な筋力不足、仕舞いには大衆の前でずっこけた。これには管理人さんも苦笑い。
これが現実だ。剣を握った瞬間、才能に目覚めて無敵。だなんてご都合起きる訳が無い。
「あのぅ、一緒に鍛錬します?」
「……考えさせてください」
むさ苦しい男達に囲まれて、むさ苦しい剣術に明け暮れるうら若き王女……うん、無いな。だからそこのお姉様方、ニコニコして俺を手招きするのはやめてくれ。
「もう少々軽量な武器もありますが、そちらも使われます?」
「モノだけ見せてもらっていいですか?」
「わっかりましたぁ! では、ついて来てください!」
管理人さんは事務室へ案内すると、倉庫から大量の道具を持ってきては机に置き始めた。短剣やら刀やら多種多様、中には使い方どころか見たことの無い奴までズラリ。
「文化が異なりそうなモノもありますね。刀と銃が共存してるとは」
「あらゆる国から武器や防具を仕入れておりますので」
その中でも一番軽い奴と見せてくれたのが、
「これは……」
「チャクラムって言います」
クルクルと小さな円盤が管理人さんの指を支えに回り続ける。これがチャクラムという奴らしい。この国では余り使われないらしいが、威力は申し分ないという。
「見ててください、ねッ」
そのまま管理人さんは、チャクラムを壁に向かって軽くスナップさせた。すると、フリスビーみたく横に回転しながら石の壁に突き刺さる。豆腐みたいにサックリ行った、あれ石だよな……?
「どうです?」
「……威力も申し分ない。持ってみても良いですか?」
「どうぞ」
あれ、意外と重い。一キロくらいはありそう。
おそるおそる管理人さんからチャクラムを受け取り、手本の要領でクルクルと回してみる。なるほど、結構指が引っ張られるような感じか。でも、アレだけの殺傷能力なら遠心力も強いのは
魔物相手はわからんけど、対人なら十二分にやれそうだ。
「型が独特で扱いは難しいですが、使いこなせればステラ様の力になれるでしょう! 当然、他にも色々あるので是非個別修練場で試してみて下さい!!」
「ありがとうございます」
「少しでも気になることがあれば是非お声がけください! ほんの、ほんっの少しでもいいですから!」
「ハハ、お気遣い助かります」
チャクラムを受け取り管理人さんと別れた後、訓練生達の模擬戦を見学する。どれも素人みの無い名人芸ばかり、武器ごとに間合いを管理しながら自分の距離を作っている。
それでいて、揉みくちゃにならず一帯に響く炸裂音の数々。
「……これ、俺に出来るのか?」
残された時間は少ないと思った方がいい。明日やって来るかもしれないし、今この瞬間真後ろで俺の首を狙ってるかもしれない。
やるべきことはこの国を守ること。ステラとして一国の王女として生きること。
果たしてこの武器は俺に必要なのか? 本当に目を向けるべき場所は何だ?
「正解は、どれなんだ?」
訓練場の見学は日課にしている。
剣術、武術、魔法。あらゆる所作から必要な知識を蓄えることで、弱い自分の底上げを狙った。
誰かが、何かが、その時に起こした行動一つ一つを紐解いて、目的や利点をインプットする。それは元来不器用な自分には効果的だったし、そんな自分を少しだけごまかせた。
「重戦士は力任せが目立つ。軽装備の騎士は軽快な足取りが多い。魔導士は基本的に動かない、しかし見に徹している」
管理人さん曰く、戦闘において重要なのは役割を明確にすることだと言っていた。
重戦士みたいなパワータイプは先陣に立ち、敵の壁を壊す……いわばしんがり。
中背の剣士は縦横無尽に戦地を駆け巡り、敵を手玉に取る。もしくは味方のサポート。当然戦闘にも参加する……オールラウンダー。
魔導士は火力・サポート要因か。主に後方に回り味方の援護射撃、中には能力アップのバフを掛けるサポート役もいるそう。勝手に動かれたら確かに困る。
他にも弓兵とか隠密役とか色々あるらしいが、とりあえずこの三種類を軸に覚えるよう教えられた。
『考えるべきなのは、有効範囲ってことですね?』
『そうです! 遠距離、中距離、集団戦、白兵戦……必要とされる戦力は多種多様ですが、最終目的は局面においてどう役に立つか。それを知るには射程と移動範囲が重要なのです!』
それぞれに有効範囲があって役割がある。役割が変わるだけで動きも変わる。対人で一緒くたにするのは不味いな。それぞれのセオリーを理解して、敵の動きを予測するしかない。
覚悟はしていたが、一朝一夕では解決しないという結論は心に来る。言い換えれば、進むべき道を間違えれば掛けた時間が全てパーになるということだ。
「適正結果、見直すか」
大丈夫だ、俺は間違っていない。
どんな環境でも、どんな運命でも、自分さえも。全てを凌駕して俺は生き続ける。
『余計な事をするな』
『ちょっと空気読んで欲しいかな』
『何でそんなことすんだよ』
『お前は言うことを聞いていればいいんだ』
「まだ、死ねないよなあ」
頼むから、この選択に後悔だけはしないでくれよ。
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