第55話 巡る日常
「はあ」
布団から顔だけ出してキングサイズのベッドを堪能してるわけだが、心地よさと気落ちの堂々巡りで微塵も満喫出来ていない。起きながら悪夢でも見てる気分だ、脇を締めるご両親はこの上なくご就寝出来てるようだが。
「……やってしまったか」
激動の初日は、実に最悪な幕開けだったと内省する。
ステラのご両親に出会えて狼狽した挙句、みっともなく飯に群がっては仕方ないと言い訳。仕舞いにはカッコ付けに放った教訓も完全すっぽ抜け。
散々やらかしてきた生前の思い出も歓喜に震えてそうだ。
『薄っぺらく聞こえてしまった』
知った風に言いやがって、とは思えなかった。過去に俺は似たようなことを言われた。その時は腹が立って反発したけど、今ならわかる。多分、俺の知らない俺を知っていたのだろう。
しかしわからない、じゃあ何が正解なのか。
どうして、納得してしまったのか。
「がんばらなくて、いいのよ……ステラ」
「起きてたのですか、お母様……? 寝言か」
疲れてるんだろうなこの人達も。
俺はずっと勇者と共にした隣り合わせの毎日だったけど、この人達は国民全員を死なせないための毎日だった。
その苦労は想像を絶するはずだ。あそこまで熱狂的に慕われる関係性から見るに、よっぽどの努力をしたのだろう。
そして、俺もそういう人間にならないといけない。
これは俺が決めた道だ。この先精神がどうなろうと、魂がすり減ろうと、ステラの皮を被って生きると誓ったんだ。
『余計な事をするな』
『ちょっと空気読んで欲しいかな』
『何でそんなことすんだよ』
『お前は言うことを聞いていればいいんだ』
後戻りなんて考える訳がない。
悪魔に魂を売っておいて、何もかもが今更だ。
そう意気込んだけれど。
身を削るような決意とは裏腹に、続く日常はどこまでも穏やかなものだった。
「すみません、ちょっと見学宜しいですか?」
「ス、ステラ様!? 勿論是非!」
吹き抜けからの風がつべたい。でも感謝だ、充満した兵士達の熱気を程よくぼかしてくれる。
鉄の鎧を着た兵士さんが気合い混じりに了承すると、相方と目合わせして、互いを打ち倒そうと木剣を構えて突っ込んでいく。
どうやらこの国の兵士は、この室内訓練場や領地内の実践演習で地力や統率力の向上に努めるらしい。
「しかし、どうしてまたこの訓練場へ?」
事情を教えてくれた管理人さんがしおらしく尋ねて来た。ゴリラみたいな図体とのギャップで風邪引きそう。
この訓練場へ来た理由、それは来たる決戦に備える為。起こり得ないかもしれないが、セスを筆頭に化け物達に牙を剥かれたなら今の俺では到底太刀打ち出来ない。
付け焼き刃にもならんけど、やらないよりはマシ……と思いたい。
「人がどのように戦うのか知りたいのです」
「その必要は無いと思われますが……国を担って頂ければ、それ以上は」
「必要なのです」
「……どうしてです?」
「お願いです、貴方達を守らせてください」
「っ、ステラ様ァ!!」
笑ってみせると管理人さんが堪らず号泣。正直見慣れた光景だ、背中をさすって宥めた大人達ももう少なくない。
この国の大人たち涙腺緩すぎだろ、しかも理由聞いたら濁してくるし。そんな時間が日課になり始めていた。
「そんな特別なこと言ってるんですかね」
「そりゃあ、そうですよ! 何たって……」
「何たって?」
「ぬぁんでもありませぇん!!」
なんでだよ。
とはいえ、カッコ付けてなんだが国の為にやるべきことなんて一つもわからない。取り敢えず熟練者の身のこなしを手に入れて、少しでも駆け引きで優位に立ちたかった。
「すみません、管理人さん」
「はい、なんでしょうか!」
「人の動きって、どうやったら読めますか?」
すると、管理人さんは顔を歪ませてうずくまり始めた。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「いや、何……今まで教えて来たカリキュラムから最適解を。ふぬうぐぐぐ」
「無理なさらないで下さいね」
「そんな訳にはいきません。我々はステラ様の願いを叶える為に働いているのですっ。何卒、何卒お時間をっ!!」
「そんな急がなくても大丈夫です。気にしないで」
剣を振るう兵士の足捌きに視線が躍る。
下がったのは何故、前に詰めたのは何故。一つ一つの所作に意味がある、そう信じてひたすら思考と挙動を擦り合わせた。
鍔迫り合いの反響か、竹を割るような音が何度も交錯した。
その音が、より深く、深く潜んだ何かに焦点を向ける。とても汚くて、ドロドロとした何かだった。
『お前の時間は、そんなに潤沢なのか?』
「……ステラ様?」
「はい、なんでしょう?」
「いえ、熱中していたようだったのでつい。様子を見るに、駆け引きを学びたいのですかな?」
「……そうですね。強い人は何故強いのかを知りたくて」
「外面には囚われない洞察力、感服いたしました」
「しなくていいです」
褒められるものじゃあないんだよな、実の所サバイバル目的だし。はにかむ管理人さんに申し訳なくなってきた。
だが、次の一言でその罪悪感は爆発四散した。
「やってみましょうか、剣術」
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