第54話 はじめての晩餐

 母子水入らずが終了したところで、王妃様のお達しにより今度は親子水入らずに突入。晩御飯の用意が出来たということで、早速ダイニングルームへ案内された。


「さあ、入りなさいな」

「は、はい」


 流石金持ち、準備が早い。開かれた扉を通り抜け、あてがわれた席を探す。

 途中、ふと何かが映った。仕切りで顔が隠れている。晩飯待ちの子供みたくナイフとフォークを構えているようだが、いったい誰なん――


「休めたか? ステラ」

「はい、おかげさまで。……くっ」


 座して待つ王様がそこに居た。ご丁寧に紙エプロンを着用して。


「何か、あったのか?」

「いえ、何でもありません」


 落ち着いている。ええ、落ち着いている。冷静さを取り戻し過ぎて、少しだけ視野が余計に広まっただけだ。決して王様相手に爆笑なんて不敬をやらかすつもりはない。

 平静を保つのでやっとの俺に対し、王妃様はそれはもう元気なお姉さんって感じで隣の席で俺にくっついてくる。心なしかツヤツヤして見えるが、王様のご乱心には興味ないらしい。


「……変わったな」

「え?」

「やはり、大人になったのだなと」

「そうでしょう!! 元々物静かな方だったけれど、時折見せるアンニュイな横顔がまた……」

「すまんな。お母さんは少し舞い上がっているんだ」

「まぁっ! 貴方もでしょうに!」


 俺を差し置いて舞い上がる二人、涙ぐむ護衛の数名。

 重ねて自分に言い聞かせるが、これは感動的な場面で場違いは俺である。


「お前の好物を取り寄せた、好きに食べろ」


 王様が号令をかけると、シェフが現れてテーブルに次々と料理を並べ始める。

 メインディッシュからサラダまで、どれもテレビで見るような豪勢な盛り合わせばかり。七面鳥の丸焼きっぽい料理がコーティングされたように光り輝くのが、貧乏性の俺を震わせた。


「じゃ、じゃあ。いただきます」


 今から食べるのは王女のステラなんだ。と心の中で発破をかけ、おそるおそる丸焼きに手を付ける。フォークがさくっと中に入った、完璧なまでのパリッと感に戦慄しながらもそそくさと口に運ぶと、


「う、うまい」

「だろう?」


 形振り構わず、口に入るだけあらゆる飯を突っ込んだ。

 肉も、野菜も、魚も、デザートも、全部ウマイ。野宿のお供だった野獣の切り身とはワケが違う。贅沢な味わいに取ってつけた体裁が引き剥がされるっ。


「す、すごい食べっぷりですね。あまり無理しちゃ駄目ですよ?」

「淑女とは程遠いが、気持ちの良い食べっぷりだ。今回は無礼講、好きなだけ食え」

「ふ、ふぁい」


 それからは食べに食べた。時折二人に観察されてる気がしたが、美味すぎてどうでも良かった。差し出された皿は当然空にした。

 決して欲に負けたわけじゃない。そう、やっぱり気持ちよく食べる人が好きって、高校の頃どこかの女子が言ってたし。


「……完食、少なくとも三人前は用意させた筈なんだが」

「……これからは、少し控えめにしましょうか。その、不摂生になりかねないですし」

「野宿してると、作られた飯が旨く感じるんですよね」

「野宿ぅ!?」


 まずい、王妃様卒倒しかけてる。


「あの人攫い、ステラにそんな拷問を強いたのですか!? 怪我は? 何かされなかったの!?」

「大至急兵を寄越せ。捉え次第打ち首に――」

「どうか落ち着いて、もう終わった話なのでっ。それに辛かっただけじゃないんですっ」


 口が滑ったにしても勇者、お前との旅やっぱり普通じゃなかったんだな。だって、こんなに飯が旨いなら俺、フードファイターになれるもの。


「愛娘が傷物にされて黙ってられる親がいようか?」

「傷物になって無いです! ちゃんと見聞を広めてきました!」


 けれど、その前に両親が世界を滅ぼしそうだ。

 全部壊してしまいそうな鬼二人を命懸けで宥め、身の上話をチラつかせることで、どうにか矛を収めてもらった。


「……そこまで言うなら聞かせてもらおう」

「私も是非、聞かせてください」


 さっきのピンチがゴッソリ抜け落ちたように、関心は俺に向いている。

 ……まあ、大丈夫さ。

 その熱量に見合う答えを、用意できてる自負はある。


「私は知りました。結局、どんなに王女という立場を持っていても、所詮私はヴェーミールを出ればか弱い少女に過ぎない」


 言葉一つ一つを丁寧に紡ぐ。そうだ、自分は一国の王女。人を導く為に必要なものを指し示すんだ。


「しかし、その弱き私に付いてくれる人がいる。その方々の思いに報いる為にも、歩くことを止めてはならないと。私は強くならなければならない、そう思ったのです」

「そうか」

「それが貴女の答えなのね」


 あれ、なんで。

 さっきの熱量はどこへやら、二人は用意された台詞を並べるように淡々と答えた。


「……私の考えは、間違ってますか?」

「貴方はどう思います?」


 王妃様も便乗する。王様は渋い顔をしながら、あご髭をくしゃくしゃとつまんだ。うんうんと悩んでしばらくすると、何かが腑に落ちたのか、はっと目を見開いた。


「それはお前の本心か?」

「……どういう意味でしょうか」


 何故そう言われたのか分からなかった。だが、この見透かしたような視線が何を意味してるのか、俺は知っていた。


「申し訳ないが、薄っぺらく聞こえてしまった」

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