第53話 はじめての母親

「久しぶり、だな」

「こんなにも立派になって」

「……うす」


 人攫いから助け出され、ようやく実の両親との対面。本当ならすぐにでも駆け寄って感動の再会にしなければならないのに、肝心の俺はといえば油の切れた歯車みたくギチギチのポンコツ。

 なんかもう全部台無しだ。


「生きてて良かった」

「……あざます」

「生きてて良かった。生きてて、よかった……!!」


 二人にそっと抱き寄せられた。

 体温や鼓動が伝わる。高級な布団よりもずっと居心地が良くて、一線を引こうとした理性はあっけなく懐柔されかけた。

 その様子をロレンタさん達は口を挟むことはなく、暖かい目で見守っている。


「……なんか、すみません」


 ……何をやってるんだ俺は。弱みを見せるな。

 内心冷や汗まみれの俺をよそに、目ざとく王妃様が「まあっ」と分かりやすく狼狽えて、反抗期になっただの、わたしのこと嫌いになったのだの、明後日の方向で捲し立て始める。

 それに追随して、王様は人殺しみたいな顔で「人攫い絶対殺す」と何度も呟く始末。


「とにかく、久しぶりに会えて嬉しいです。でも、ちょっと緊張が残ってて……」

「ひ、久しぶりに会えたもの、ステラも緊張するわよね。そうよね? 貴方」

「当然だ」

「ほっ、よかったわ」


 締まらない。こんな世渡り下手くそだったか、死に物狂いの半年間はなんだったんだ。

 自分を蔑みつつ平謝りばかりして、これから両親になる二人をなだめまくる。過保護すぎるせいか抜いた刀を戻してくれそうにない。世話になった奴が親の手で処刑されるとか、流石にやり切れんのだが。


「と、とにかくゆっくりしていきなさい。お風呂にする? ご飯にする? それとも……」

「ご飯で」

「お母さん、残念だわ」


 なんでだよ。


「ステラよ」

「はい、国王陛下」

「堅苦しいのは止めだ。普通にお父さんで良い」

「承知しました。お父さん」

「まずは体を清めて来なさい、疲れただろう。それに長旅を終えた近衛部隊も回復に努めろ。今日の仕事はこれで終わりとする」

「この程度の疲れ問題ありませんっ。このロレンタ、姫様のためであれば足腰の痛みなど屁でもありませんのでっ」

「私も同上です」

「……そのやる気は明日にとっておけ。なにせ、うちのドラ娘のお陰で仕事は山ほどあるからな」

「御意!!」


 俺の中で頑固一徹だったロレンタさん、マルクトさんがあっさり籠絡。残りの近衛兵達もすぐに散り散りになって、すっかり三人だけになってしまった。

 とんでもない手腕に呆然としていると、ご両親は俺の手を握って、


「……怪我は、ないようだな」

「は、はい。なんとか」

「無事で良かった」


 為政者としての顔を崩すと、肩の荷が降りたのか、ぎごちなさを残しつつも控えめに笑って見せた。それを横目に見ていた王妃様は、ヒステリーはどこへやら、目尻に涙を浮かべて微笑んでいた。

 遠目に見ていた景色と一緒だ。眩しすぎるんだ、あまりにも。


「気が気じゃなかったのよ。ステラが居なくなって、ずっと眠れなくてね」

「疲れとはそう簡単には癒えないものだ。時間を掛けて、ゆっくりと日常を取り戻すと良い」


 しかし、次の一言で俺は嫌でも気を引き締めなければいけなくなった。


「ステラ、お風呂にしましょう」

「えっ、さっき断って……」

「さあ、さあ」


 王妃様に手を取られると、流されるままに城中を連れ回された。廊下に立ち塞がるツートップの金の彫刻に、宝石を散りばめた装飾品達をズカズカと通り抜けていく。

 壊したら色々終わるから心拍はきっちり不整脈、二分後には死ぬかもしれん。


「つきました」

「は、ハァ」

「さ、お脱ぎなさいな」

「い、いやちょっと……心の準備が」

「女同士でしょう、恥ずかしがることはありませんっ。さあ、さあっ!!」


 あっという間に身ぐるみを剥がされて風呂場に誘導されると、手慣れた様子で風呂椅子を床に置いた。本気かと流石にたじろいでいると、「座りなさいな」と言われて、席に着かされてしまった。


「ふふ。大人になったわね、ステラ」

「……実感が無いです」


 これ見よがしに真正面の鏡が母親と子の姿を映し出す。

 なるほど、自分で言うのもなんだけど、若いなぁ。しかしいつ見ても綺麗だ、傭兵なんてやってなかったら傷一つ付いてなかったんだろうな。少しだけやるせない。


「って、お母様の方がずっと綺麗な女性って感じですよ。わたしはまだ、幼さが残ってる気がします」


 ついボヤきを入れてしまった。慌ててすみません、と謝る。

 ひょっとして、怒って――


「ふふふ、それでいいのよ」

「え?」

「いずれ私に似るわ、だって私の娘だもの」


 それからは女水入らずと言われて、互いに体を洗うハメになった。正直、このうえなく恥ずかしかったが、上機嫌な母親の楽しみを壊すのが申し訳なくて成すがままでせいいっぱいだった。


「……ちょっと、きゅうけい」

「……ええ、私も頑張りすぎたわ」


 結局、浴槽につかってのぼせるまで長居してしまうし。


 風呂場から出て、バスローブのまま休憩所の吹き抜けから空を眺めると、いつの間にか夜になっていて、空には満月がぽつんと漂っていた。

 冬場だから死ぬほど寒いと思ったんだが、のぼせた体をイイ感じに冷やしてくれている。おかげで少しだけ冷静になれた。


 やっぱり、静かなのはいいな。


「風邪ひくわよ。早く戻りなさい」


 後ろからの声に、少しだけ気付かないフリをした。

 少しでもこのざわめきを、冷えた夜風で紛らわせたかった。

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