第59話 家族 その1
「来たか」
「……はい」
大理石を白で塗りたくったような空間で、入り口から王座を繋ぐように真っ直ぐに敷かれたカーペットが悪目立ちしている。
この一筋の赤い線が俺にとっての命綱だと理解した。血管が破裂したら死ぬように、この道から外れればきっと俺は死ぬ。
護衛は指で数えるほど、装飾も最低限しかない。その影響もあってか鎮座する王を後光が照らす様が、気を抜けば潰れてしまいそうな威厳を生み出していた。
一緒に飯喰って、家族三人で一緒に寝た愉快なおじさまなんて、どこにも居なかった。
これが、王室というものか。
「緊張、しているのか?」
「ええ。顔を合わせるのに一苦労で」
「楽にしていいのだがな」
「そんな実力は持ち合わせていないようです」
「……そうか」
横から小さく笑う声がした。王妃様か、表情こそ変えてないが口角がほんの少し揺らいでる。ご機嫌なようで何よりです。
「単刀直入に言う。ステラ、お前には今から国内視察に同行してもらう」
「……視察。目的は何でしょう?」
俺にとっての理想の王女は付け焼き刃でしかない。なら正直に聞くしかない、俺に何を求めているのかを。
「お前の見る未来が知りたい」
「未来、ですか?」
「ああ。この国に何を思い、どう導くのかを私に示せ」
……そう言ったきり、補足も何一つなく沈黙が生まれた。それだけ? もっと具体的な話はしないのか?
「わかりました」
淡白な会話だ、それでいいのか俺。
ふと王妃様が気になった。
「ふふふ」
ご満悦って感じだ。こんなので良い……のか? 正直綱渡りさせられてるみたいで気が気じゃないんだが。
……流れに身を任せるしかないか。諦めよう、考えても無駄だ。
「では、しばらくしたらもう一度声を掛ける。自室で待機しておいてくれ」
「わかりました」
「……頼んだぞ」
それから言われた通り自室で待機していると、ノック音がした。もう準備が出来たらしい。
外で待たせている馬車へ乗り込むと、そこには手すりに頬杖をついて座りながら黄昏れる王様がいた。
「横、失礼しても良いですか?」
「ああ」
俺も隣に座る。準備が出来たと判断した運転手は、出発の号令と共に鞭を打った。
小さく揺れながら馬車が発進する。目的地はここから約一時間、そこまで遠出はしないつもりらしい。
窓の向こうでは自然と町並みが共存している。一面に広がる草原があって、湖は陽の光で煌めいて、それで……何を話せばいいんだ?
「この国はどうして生まれたと思う?」
「え?」
突然の問いに思わず身構える。それを見たからかは知らない。開きかけた口を、そのまま閉じてしまった。
「……教えて頂けても良いのでは?」
「いや、私が口にするのはやめておこう。全ては自分の目で確かめるべきだ」
王様は答えてくれなかった。
それから、いくつかの質問をされて同じように答えたが、俺の問いに王様が答えることは無かった。結局話すネタも切れてしまった、俺達の関係は本当に薄っぺらいな。
普通の家族なら、もっと……あの窓の向こうのみんなみたいに、お互いがお互いを思う生き方をしてるはずなんだ。だからみんな笑っていて、それで……
「お父様」
「どうした」
「これを私に見せたのは何故ですか?」
「気に入らなかったか」
「いいえ。きっと私はこの景色が見れて幸せなのです。しかし、」
「しかし?」
わかっているのか。お前のやろうとしていることは、全てを壊すことだ。
「……ふぅ」
「どうした?」
「ごめんなさい、なんでもありません」
多分この人は腹の底に抱えた何かを見透かしている。俺がどうしようもないことを考えているクズだってのも。それが秘密を打ち明ける理由になる訳もないが。
最後のチャンスだったのかもしれない、と思う。だけど、俺には無理だ。ようやく出来た居場所が無くなってしまう、そう考えると怖くて仕方なかった。
「……お前は、本当にやさしい子だ」
「え?」
「怖がらなくていいさ。私達はどんなことがあっても、ずっとお前の味方だ」
そう言って、王様は俺に少し遠出をしないかと尋ねた。
脈絡もない問いかけだったので困惑しつつも承諾すると、俺を宥めるようにやさしく笑って、
「話をしよう。今度は父子水入らず、だ」
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