第61話 片隅の戦争
山岳地帯に囲まれた辺境ヴェーミールにて、申し訳程度に上空から一筋の光が撃ち落とされる。王女と国王が二人、その始終を呆然と眺める中、居住区へ吸い込まれたかと思えば忽然と姿を消した。
生活に溶け込む程度なら杞憂で済むか、警戒すべきは人影を白に塗り潰した異物。この世とは乖離した気配を漂わせている。放るわけにはいかない、そう判断した。
「何の真似か知りませんが、お引き取り願えますか」
「下がっていろ、ステラ。話の通じる相手では無い。我等で仕留める」
「……そうしたいんですがね。私狙いみたいです」
『王、貴方も相応の罪をお持ちのようで。ですが、今は化物退治が先決』
白い影の啖呵に乗るように、王女はチャクラムを取り出すと、クルクルと指先で回し始めた。それに倣って、他の兵士も得物を構える。
天地開闢。
ものごとの始まりというものは、あまりに突拍子もなく、誰の予想もできない形で大いなる変化をもたらす。
迎撃体制を、と王が号令をかけようとした瞬間、居住区から天を貫くような光の柱が立ち上がった。見た者の瞳孔に激痛が走るほどの輝きと、肺が詰まるほどの風圧が一帯を駆け巡る。
一面真っ白な世界が侵食。しばらくして蓋が開けば、居住区には爆風に煽られた黒煙がそこかしこで
『先決とはいえ、一つずつこなす必要はないですね』
「は?」
処刑という名の、蹂躙が始まった。
「……、マルクトォ!!」
「ハッ、近衛部隊。一斉用意ィィィィィィィィィィィィ!!」
王を守るように配置された近衛兵、総勢二十名が一斉に散らばると、各々が無人の物見塔を陣取り、目配せ一つで合掌する。全員が、同じタイミングで。
「
近衛兵長マルクトの号令に呼応して、物見塔から電撃がほとばしると、ゆるやかな放物線を描きながら対となる塔と連結する。それが一つに留まらず、何重にも交錯した結果、糸すらも通さない黄金の楕円が形作られ、国を守る障壁と成った。
非同盟国の巨大障壁を参考にヴェーミール王国が作り上げた防護結界、名を雷留の円陣。効力は外敵の妨害、そして入り込んだ敵の監禁。
「標的は白の異形ッ。正体は不明、心して討て!!」
「了!」
「ステラ、母さんを連れて逃げろ!」
「コイツは私の敵で……」
「子の敵は、親の敵だッ! 死ぬ気で母さんを守れッ!」
「でも!?」
「早く行けェェェェェェェェッ!!」
王の必死の形相に成す術も無くなったのか、下唇を噛み締めながら、王女は物見塔の階段に逃げて行った。
『逃げられるとでも?』
「走れ! 絶対に振り返るなッ!」
「我々が時間を稼ぎますッ、その隙に行ってください!」
防護結界の構築が完了した。手すきになった近衛兵を筆頭に、全員が腰に据えた鞘から刀を抜くと、標的の異形へと一斉に飛び掛かった。次々と放たれる剣筋が五月雨に人影へと襲いかかる。しかし、その斬撃が交差する直前に、ぶつん、と何かが途切れた音がした。
「……いない?」
「臆するな、気配を辿れッ。敵は遠くないは、ず?」
「お、おい……」
「なんだよ? あ、腕」
剣を振り下ろした兵士の腕が、スパンと切断された。宙に浮きながら狼狽える兵士だったが、悲鳴がなり損なった、蚊の鳴くような声を最後に、胴体も真っ二つ。仕舞いにはどこからか湧き出した斬撃の数々が細切れにしてしまった。
訳もわからず身構える近衛兵、臆するなと発破をかけあうが、構えた剣はガタガタと震えている。
「ひゅ、ぇ?」
『おいたわしや』
影はもう真後ろだというのに。
しかし、手綱を引くのは百戦錬磨の国王。不穏な動きを察知して次の策に出た。国王の声をたどり、兵士達はどうにか動揺を切り捨て、命令を忠実に遂行する。
「接近は控えろ、距離を取れ。だが、追撃は許すな」
「了!」
今度は懐から飛び道具を取り出した。クナイ、手裏剣、砲丸、チャクラム……異国からかき集めた多種多様な武器が、敵を殺す、その一点の為に影へと投げ付けられる。終われという願いを乗せ、風切り音と共に鋭く直進した。
「これで……しんでく、れェ?」
どこからともなく血飛沫が吹き出し、一人の兵士の顔が赤く濡れた。それが隣からだと知ったのは、一拍過ぎてから。
「な、何が起きてるんだ」
投げ付けた武器のおそらく全てが、何の前触れもなく味方を射抜いたのである。糸が切れた人形のようにガクンと崩れ落ちた同胞は、人の顔が無くなるほど、顔面を刃物で塗り潰されてしまった。
「ひ、ひるむな……ひぃ」
発破をかけようとした男は、その道二十年余りの熟練兵である。死地に追い込まれた時の心得を、精鋭である近衛兵達に刷り込んできた人間だ。しかし、この物理法則すら無視した相手では、培ってきた実績、能力、自信も全て、ガラクタ同然。
「!?」
そして、首と胴体がバラけるのも一瞬だった。
瞬き一つでやってくる死。他人からすれば、既に見終わった末路。遅効性の致死毒のように、気付けば息の根が枯れて無くなる。そんな風に蹂躙されて、そんな異質さが士気を削り取るのも、そう時間は掛からなかった。
二十名の精鋭は、五人も残らなかった。
「ステラ……」
常人なら心が折れてもおかしくない、現に残り五名はカタカタと震えるばかりで使い物にもならない。たった数分の出来事だ。それでも生きるのを諦めるには、あまりに長すぎる時間だ。
『さあ、安らかな死を』
「死んでたまるか、私はこの国を死んでも守るのだからな」
それでも、王の瞳から光は消えていなかった。
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