第六章 明音

星屑の願い

 この手記を手に取ったあなたへ。

 つたない文章で申し訳ありませんが、少しだけわたしのひとりごとにお時間をください。

 ささやかですが、わたしという人間についてまとめておきます。


 死ぬということを考えてから、それなりの時間が経ちました。お医者様から告げられた余命は半年、ちょうど今がその一ヶ月前に当たります。情けないことに、この宣告を機にわたしは“死”というものを認識しました。

 生まれてからというもの、わたしは大いに恵まれていました。生活に不自由はないどころか、毎日好きなだけ食べ、好きなだけ眠り、身の回りの世話はわたしに当てがわれた大人せわやくが担ってくれました。

 杖をつきながら畦道を歩くおじいさんやおばあさんを後目に、両親が手配してくれた馬車で街と城を行き来しました。その度に教師役は「貴女は他の人よりも視座を高く持たなければならない」と、よく口にしていました。

 わたしには、それがどういう意味かわかりませんでした。自分の足で城の外を出歩いたことがありません。そんなことをすればこっぴどく叱られました。

 たくさん勉強して、たくさん人と話して、いつかこの国をもっと豊かにするのがわたしの使命であり、人生なのだそうです。その為のわたし達なのだと大人はよく口にしていました。

 なので、死ぬという言葉を聞かされた時も、誰かがなんとかしてくれると思っていました。本気で思っていたのです、情けない話ですが。

 結果は予想に反するもので、事あるごとに「おまかせください」と言ってくれた皆が、申し訳なさそうに「ごめんなさい」と謝るのです。


 いつしか人と顔を合わせなくなりました。部屋の中でひとり外を眺めることが増えました。というより、わたしに関わる大人が減りました。仕方のないことだと思いました、だって、みんなの期待には応えられない。みんなより先にいなくなってしまうのですから。

 いずれ王になるためと言われ、幼少の頃より続けてきた学問も手につかなくなりました。体の節々が痛み始め、熱もひどくなって、とても筆を手に取る気にはなれませんでした。元気である日が日に日に少なくなっていきました。


 そういう言い訳が出来ることに、少しだけほっとしました。

 やっと肩の荷が降りると思ったのです。


 外を眺める毎日は楽しくありません。しかし、苦痛でもありません。だって、わたしを王の娘として扱う大人以外、誰とも話したことはないのですから。

 汗を拭いながら外を駆け回る子供たちが羨ましかった。

 懸命にお仕事をする大人たちが羨ましかった。

 外で世間話をする民の皆さんが羨ましかった。

 尊敬される父が羨ましかった。

 慕われる母が羨ましかった。

 両親と話をしたことはありません。顔も合わせたことも指で数えるほどです。会話なんて世話役や教師役くらいです。


「今日はこの課題をやってください」

「終わりました」

「確認します」

「ありがとうございます」


「お片付けに参りました」

「よろしくお願いします」

「終わりました」

「ありがとうございます」


 雑な書き方なので伝わらないかもしれませんが、一日の会話は要約するとこれだけになってしまいます。実際はもっと丁寧に扱ってくれますが、毎日これで終わります。

 叱られるのも国のため、頑張るのも国のため、生きるのも国のため。壊してはいけないモノみたく取り扱い、何事もなく一日を終えることこそが皆さんの仕事。

 とどのつまり、わたしはみんなにとっての象徴だったのです。わたしにしか見えない、人と人のつながりから逸脱した絶対に越えられない壁が、そこにはありました。


 とりとめもない愚痴ばかりで自分が嫌になってきました。こうして文章に書くと、汚い部分が如実に出てきますね。書いている今も少し気落ちしています。

 でも、そういうところも含めてみんなに知って欲しかった。


 恩知らずなわたし。

 人と話せないわたし。

 みんなに幸せになってほしいわたし。

 だからこそ、目を覚ましてほしいと願うわたし。

 手記に収まる程度かもしれないけど、全部ひっくるめて知ってほしい。これがわたしの人の部分。


 人は人であり、人にしかなり得ないことをわかってください。どうか、それ以上の何かを誰かに求めないであげてください。それがわたしに出来る最後の願いです。



 さいごに、これを読んでくださったあなたへ。

 お願いだから無理はしないでね。誰かの為じゃなくても良いから、あなたの思うがままに生きてください。

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