第47話 救い その2
家族に着いていくと、広場の中で出店が立ち並び、それぞれが行列を作っていた。色んな国から出展してるのかレパートリーは様々。飯もそうだが、中にはお面や壺などの工芸品の販売店もあった。
「好きな物とかあるんですか」
「水の国には来たことが無いが……肉は大抵好きだ。腹持ちが良いからな」
「ここまで来てコスト重視ですか」
「腹を満たすかどうかでしか、飯は選んだことが無い」
「じゃあ、アレにしましょうか」
「ああ」
店の手前までやってくると、パンパンに膨らんだ肉の丸焼きの模造品が出迎えた。
「デカいっすね……」
「ああ、デカいな」
会話と呼ぶには雑すぎるやり取りをしながら、行列の最後尾に並ぶ。朝にしてはパンチが効きすぎだ。
食い過ぎて、そのまま血糖値スパイクで爆睡とかやったら、側近さん達、滅茶苦茶怒るんだろうな。責任はコイツに取ってもらおうか? ダメだ、会話も下手くそだし普通に処刑されて終了か。
なんてくだらないことを考えている間に、いつの間にかカウンターが目の前までやって来ていた。
「コレを頼む。君は?」
「じゃあ、同じので」
「あいよォ!!」
店主のおっさんに一人用の丸焼きを頼むと、思ったほか威勢のいい返事が返って来た。すぐに品物を持って来て俺達に手渡す。だが、俺たちを見るとすぐに顔を
「んだよ、シケたツラしてんなぁお前ら。デートじゃねぇのかァ?」
「いや、普通に散歩ですよ」
「飯を食い損ねてな」
「カーッ、つまんねえっ!! そんな顔見てたら商売あがったりになりそうだなァ。一人分にまけてやるから、少しは幸せ感だしやがれっ」
理不尽か恵みかわからない捨て台詞で奥に引っ込んでいった。というか、店構えてるおっちゃんに言われるってどれだけだよ。
勇者の顔をちらりと見た。うわあ、随分と幸薄そうなのっぺり顔だ、隈もヒドい。ロクに寝れてないんじゃないか。で、勇者も俺と同じような顔をして、
「酷い顔だな」
「レディに失礼ですよ。アンタも人の事言えないですし」
「それも、そうだな」
「ちょっと、後ろつっかえてんだけど!!」
般若みたいな顔した若い女性の怒声にせっつかれて、ひょいと列から追い出される。惨めだなあと自分を鼻で笑ってとぼとぼ元来た道を戻るが、冬の風がしょぼくれた空気に拍車をかける。心なしか勇者の背中もこじんまりとしていた。何とも言葉にし難い敗北者感が堪えられず、思わず噴き出してしまった。
「ふっ、ふはっ。はっはっはっはっは」
「……一体、どうした」
「はぁー、はぁーっ……何でもないです。ぐ、ぐふふふっ」
「……フン」
そんな拗ねるなよ。と機嫌を取ろうとして、口元が小さく吊り上がってるのが見えた。それが妙に嬉しくて思わず頬が緩んだ。それから特に言葉も交わすことなく、先程まで座っていたベンチに戻り、ゆっくりと腰掛ける。おっちゃんサービスの肉の丸焼きにかじりついて、空きっ腹が満たされた気がした。
「うまいですね」
「ああ、そうだな」
「飯が旨いなんて、いつぶりでしょうね」
「今までは違ったのか?」
「ええ。味なんてわからなかったんですよ、生きる為に摂取しているだけでしたから。喜びや楽しみなんて見いだせなかった」
「俺もそうだ。生きる為の毎日、それ以外は何も無かった」
勇者の横顔は、どこか遠くを見ていた。その奥に誰が映っているのか朧気ながら想像できたのは、共に過ごした日々がそうさせるのか。それとも――
「何の為に生きてるんでしょうね、俺ら」
「人が生まれたからには、何かしらの使命を抱えている。俺はそう信じている、だが――」
「だが?」
「最近わからなくなる。俺は本当に正しい道を進んでいるのか、それとも全てを間違ってしまったのか」
「俺もですよ。自分がわからなくなります。何がしたいのか、何を求められているのか」
「そうか。君も大変だな」
「貴方ほどじゃないですよ」
冬なんて始まりから終わりまで曇りだと思っていた。だが、俺はそこまで空を見続けて来たわけじゃない。きっと、俺がなんとなく過ごした一日の中に晴れ渡る空もあれば、雷が落ちた日だってあった筈だ。
罰を消化するための人生だと割り切っていた。俺はとんでもない失敗をしてしまった。それどころか、罪から逃げて自ら命を絶った。俺は認めたくなかった、自分が悲劇のヒロインであると思い込みたかったんだ。
だが、日毎に変わる空模様のように、逸らしていては見えない世界が存在する。そして、多くの大事なものはそこに隠れているのだと知った。
唾でも吐いてやりたい十七年、その中にある目を逸らし続けて来た大事なもの。今更許されるとは思わない。だが、せめて関わった誰かだけは道連れにしたくない。
おそらく俺は死ねない。傷の治りで少しわかった。どんな傷を受けても、死ぬような目に遭っても、時間が傷を癒してしまう。俺は、死ぬという救済を無くしたんだ。
勇者も同じなんだろうか。それとも――
「俺、貴方が知りたいです」
勇者の瞳が揺らいだ。
「興味が無いんじゃなかったのか?」
「まあ、半年も一緒に生きてれば情って奴も沸くんでしょうね。何様だって話ですが」
勇者は答えない。相槌一つうたず、ただ空を見据えている。
それを俺は好きに話せと勝手に解釈して、言葉を通して蓄積された汚い何かに新しい命を与える。
「大人ぶってる自分が嫌いです。気持ち悪いです。目の前にいたら殴ってやりたい。でも、自分で自分を殴ったところで大したことにはならない。それがわかっているからこそ、より惨めな気分になる」
きっと笑っているんだろう。きっと蔑んでいるんだろう。
「自分ではどうあがいても自分を裁けない。意思が痛みを拒むんですよ。だから、俺がどれだけ自分を律しようと、本能が生きようとして、与えてしまった苦しみを和らげる。その自罰に満足出来なかった誰かが罰と称して、裁きを与える。すると、ミイラ取りがミイラになったみたいに、今度はそいつが罪を抱える」
それを誰が抱えて、誰が苦しむか。
認めざるを得ない。今更そんな資格はないのはわかっている。だから、これはただのわがままだ。また地獄に落ちていい、もっと悪くなっていい。
「何が言いたい」
どんな顔をしているんだろう。知りたい、知りたくない。知りたい、知りたくない。だめだ、やっぱり見れない。見なくていい、見たい。見ても良い、見てはいけない。たった一つの言葉を吐き出す為に、色んな記憶が蘇っては消えていく。
楽しかったかはわからない。けれど、始めて俺の中に根付いた俺以外の誰かという存在。他人だと境目を作っていたのに、馬鹿だから自らそれを乗り越えて、その人となりを知って、中途半端に同情して、勝手に俺も同じだと自己投影して。
そんな気持ち悪くも、あまりにも幸せだった半年間が、死にたくないと喚き続ける。
ああ、神様。俺にどうか勇気を。
こんなどうしようもない俺に、もう一度闇に沈む勇気を。
一度捨てれば、きっと二度と手に入らない。
それでも俺はどうしようもなく馬鹿だから、これで最期にするよ。
「俺達の旅、ここで終わらせましょう」
一方的な最後。それ以上語らずベンチを後にした。
帰り道、振り返ることはしなかった。
結局俺は、最後まで勇者を見ることができなかった。
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