第46話 救い その1
「ステラ様」
「どうしました? マルクトさん」
「私のような従者に敬称は不要です。それより、不用意な行動は避けて頂きたいのです」
ぼうっと昼の空を眺めるお仕事から帰って来て、真っ先に出迎えたのはお叱りの言葉だった。まあ、従者である人間からすれば、折角助けた筈の王女が
俺が従者なら軽くひっぱたいているところだ。
「そうですね。しかし、それをしてしまえば誘拐犯は私達の動向を勘ぐるでしょう。相手は失う物がない、夜襲を仕掛けてもおかしくない」
「そんなもの、返り討ちにしてしまえば良い。我等は姫様をお守りする為、心血共に鍛え上げた兵士です」
「――非同盟国のこの場所でですか?」
「ッ、しかし」
マルクトさんの顔が歪む。
「暴動を起こせば、他国からの目はどうなるでしょう。いくら私達が一国の顔とはいえ、それは全体の中でみれば一共同体に過ぎません。それに私は、せっかく私をお救い下さった皆さんに、これ以上深手を負ってほしくはないのです」
「ご自身が犠牲になってまで、そんな」
「皆さんが私を守りたいと思ってくれているのなら、私も皆さんには傷ついて欲しくないのです」
そう言うと、マルクトさんは何かを口にしようとしたが、反論の材料がないのか、表情が沈んで黙り込んでしまった。
「六日後、私達はこの国を発つのでしょう。私には私でやらなければならないことがある。貴方達が安心して仕事にまい進できるように」
「姫様……」
それから俺は従者に形だけの礼を告げ、自分の部屋に閉じこもった。
明かりを消し、ベッドに入り込む。そして、自分の言動に不備が無かったかを振り返る。
「対人関係は要努力。能力の開発は、頓挫でいいな……国に帰ってからにしよう」
監視されていることも考慮して、固有名称は極力口に出さない。そして、反対意見を言う時は必ず相手のメリットを開示し、デメリットを説明する。とにかく私情を見せず、質問の意図を読み取り、回答する。
反応を見る限り悪いとは思わない。もししくじっていたら、何かしら問題が起きるか、誰かが逆上するはず。
この水の国にやって来て、今日に至るまでの数週間。俺は、関わる登場人物順に行うべきふるまい、そしてこの数日で達成すべき課題を整理、実行していた。
勇者と従者の接触を止める。それが最重要課題、そして接触の引き金を生まないこと。
何のために? そんなもの知らない。考えるだけ虫唾が走って、止めた。
「明日が潮時、だな」
寝静まる前に考えを巡らすようにしている。非効率なのは承知のうえ。ぼろを出したくない、あれこれ考えながら人の目も気に出来る程、俺は器用じゃない。身の丈以上のものを望んで、散々痛い目にあってきたから。そう思っての事だった。
ただ生きる。その為だけに、それ以上望まない為に俺は明日を迎える。
翌日、いつものベンチでぼうっとしていると、勇者が隣に座って来た。今度は
「病み上がりの所、申し訳ないが出発の日を決めたい」
「こんな状況でよく言えますね。近くに従者いるんですよ?」
「サタニカ=エクスの件がまだ終わっていない。アレを倒し、魔王の情報を聞き出さなければならない」
戦ったんだな。俺しか知らないと思ってた。
「あなた程の力なら余裕だったんでしょう?」
「……まるで歯が立たなかった」
苦虫を噛み潰したような顔をした。オホロ山や火の国での一件で、命令さえあれば勇者は無類の強さだと理解した。一級戦力のガリア達すら超える強さだ、それが全く通用しなかったと。
思い出されるのは、気配一つなくサクっと終わらされたあの一撃。細剣による感覚の狭間を縫うような一刺し。
見える見えないの次元じゃない。痛みで知覚とか、どうしようもないバケモノだろう。
「魔王の放つ気配と似ていた。アレを倒せば魔王に一歩近づける」
「勝算は?」
「……」
「しらを切るのはやめましょう。あるんですか? 勝算は」
「……見当もついていない。だが、君がいれば或いは」
だろうな。何が何でも魔王を倒したい奴だ、そんなモチベーションの奴が歯が立たないなら、対策なんてそう簡単に思いつくわけがない。
「アレは君を狙っていた。心当たりはあるか?」
「……どうなんでしょうね」
「妙に執着している気がした。君を追うぞ、君が死ぬその時まで」
「冗談キツいですよ。あんなのに追われたら俺みたいなやつ、とても――あっ」
湿り気の強い冷風が肌に染みる。曇天からぽつぽつと真っ白な粒が落ちて、それが雪だと知った時に、今さら冬の季節なんだと思い知る。
俺がこの世界にやって来た時は真夏のような酷さだった。そう考えれば、半年はもう過ぎてる気がする。
「ママ、あれ食べたい!」
「いいわよ。じゃあ、どっちが先に着くか競争しよっか」
「まけないよー!」
防寒着を着た母子が駆け足で広場へと消えていった。祭りか何かやってんのか?
「気になるか?」
「まあ、ちょっと」
「じゃあ、行ってみるか」
いつぶりかは分からない。旅を始めて半年弱、日常に加わった食を共にする生活。
それを俺は、今日この日を以って最後にしようとしていた。
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