第41話 聖戦 その2

 亡霊共から繰り出される猛攻は、嵐のような怒涛と苛烈さ極まる有様。しかし、勇者は表情こそ焦りが見えても、攻撃の一つ一つを全て紙一重でいなし続けている。確かにダメージは受けるなと言ったが、実証した結果は圧巻だった。

 下からの攻撃を垂直飛びで避ければ、それを狙った槍の投擲を剣の腹で受け止め、追撃も目にも止まらぬ剣速で全て撃ち落とした。

 人を乗せながらのコレだ、動きがキレキレ過ぎる。なんなら俺の命令からは数手先は自立行動。


 調子が良いなんて次元はとうに超えていた。はっきり言って異常である。


「ガリアパーティ、だよな? 何があったんだ」

「……力に呑まれた」

「力に、呑まれた?」


 勇者は、俺のいない間に何があったのかを淡々と告げた。


「激昂したセスは俺に力の正体を執拗に問い質した。勇者にのみ与えられた力だと告げたが納得しなかった。その時に奴が現れた」

「……アイツ?」

「奴は、チョウメイと名乗った。マズルのギルド長を担当していると自称していたが、記憶の中の人物に一切該当しなかった男だ」

「……知ってる。ソイツ、魔王のこと知っていた」

「それはそうだ、アレは魔王の手先。独特の匂いがしなかったか?」


 匂い。匂いはしなかった。けど、


「アイツも同じこと言ってた。俺からも同じ匂いがするって」

「……ふざけた真似を」


 勇者の声に怒りが滲み出た。

 それでも、どこまでも冷静に勇者は亡霊達を次々と切り捨てる。それをあざ笑うように、すぐに傷を直して復活する。


「ふふふ、やはり貴様のその力、特別な物だったか! ハァーーーーーーーーーーハッハッハァ!!」


 セスの姿をした黄金色の何かが歓喜の雄たけびを上げた。


「力が漲る、漲るぞォ!! これでも貴様と同等と成った!」

「何故だ、セス。君はそんな物に手を出すような人間ではなかった」

「ほざけ、ルミを見殺しにした悪魔めが。善人でも気取って、今度はその馬鹿女でも篭絡するつもりか!」


 篭絡……? 何を言ってるんだ。

 その間、勇者はガリアと鍔迫り合いをして、払いのける。


「女ァ、貴様ずっと勇者に付いて回ってるようだが惚れでもしたかァ?」

「あるわけないだろ」

「はは、ただの気狂いか。マァ良い。俺は貴様がどうなろうが別に構わない、なんならこの場で葬るのもまた一興か。勇者の苦しむ顔が見れるのだからなッ!」


 セスを遠巻きに見るガリア達。しかし、悲しげな顔を浮かべるだけで何もしない。


「ガリアさんッ」

「……」

「ソレはもう、ガリアさんなんかじゃない。ガリアさん――否、ガリアはもう死んだ。半端にしか力を取り込めず死の奴隷に成り下がったんだよ!!」

「死の奴隷……?」

「チョウメイの謀りにハマったセスを止めようと、"呪い"の余波を一身に受けた。適合出来ないとああやって意識も殺され適合者の奴隷になる」

「ちょっと待ってください、じゃあこの集団に紛れてるガリア達は……」

「セスを除いた全員、そうなった」


 みんな酷い顔してやがる、人生に絶望した時のソレと同じだ。

 性格すら壊されてずっと、この集団として生かされるのか? 人が嫌いな俺ですら同情する――って。


「おい、"呪い"ってどういうことだよ」

「……それ以上は言えない」

「渋るなよ、お前魔王倒すんだろ!? こんなとこで――」

「俺が代わりに言ってやろうかァ?」

「やめろ!」

「もう、何がどうなってんだよッ!」

「駄目だ、シア。絶対に耳を貸すな。君は、君だけは」


 何でお前が苦しい顔してるんだよ、何もかも意味が分からなくなってきた。それでも打ち付ける雨のように集団は執拗に俺達を殺そうと狙い続ける。次の会話の糸口が欲しいが、状況を打破する作戦も考えないといけない。

 ぐっちゃぐちゃだ、もう逃げ出したい。


「おかしいと思わないのか? 呪いという奴に掛かった勇者、それと同じく呪いによって生まれ変わった魔王の手先。言葉なんて所詮文化から生み出された副産物に過ぎない。本当は――」


 亡霊が切り捨てられ、すぐに体を起こす。何度も死んでは復活する。死にたいのに死ねない、を体現している。早く殺してくれと、涙を滲ませて俺に訴えてくる。


「命令しろ、シア。さっさとアレを殺す命令を!」

「できるか! そんな簡単に」

「クソ、耳を塞げ。頼む、時間が無い。どうか――」


 は?


 その時、世界が止まった。

 戦場の声も、吹き抜ける風も、音もなく消えた。

 それなのに俺の体は、心音は普段通り動いている。

 ……違う、この狭間で生かされている。


「だから、救われる道を選べば良かったのに」


 現れたのは、人の形をくり抜いたような空白。

 背から伸びた翼が穏やかに波打ち、綿毛のように降り立つ。


「は?」

「……罪は償わなければならない。自分の意思で罪を清算なんて、か弱い人間には到底出来ないのですよ」


 どっから来た、お前。

 あまりにも自然に、気配もなく、一瞬で俺の目の前に。


「ゆ、ゆうしゃ――」


 身動きが取れない、勇者が固まっているせいだった。否、勇者も止まっていた。

 気付けば、俺と勇者を除いた全員が頭を垂れていた。あまりにも統率されている、気持ち悪さが尋常じゃなかった。支配者を崇めているようにも見える、それぞれの顔には諦めや悲しみが滲み出ていた。

 何をされるってんだ。


「上層世界からやって参りました。どうも、$B?@(Bと呼ばれる者です」


 聞いたことがある、その喋り方。


「だれだ、お前」

「あれ、忘れました? $B:a?M(Bさん」

「なんだよ、何言ってんだよ」

「ふふふ、まだ不完全ですものね」

「何言って――」


 いつの間にか時は動いていた。セスが笑っている、勇者は叫んでいる。亡霊たちは風と共に姿を崩して消えていった。セスも消えていった。

 俺はおぶっていた筈の勇者はいつの間にか目の前にいて、は?


「’$|B$"$J$?$r<O$7$^$9(B」


 何がどうなって――


「痛っ」


 え。


「シアッ」


 何がどうなってる。え、何で。

 細い剣。剣先はどこ。あれ、何で俺の胸に?


「完全なる悪と熟成した暁には、輪廻の輪より滅してみせましょう。それまでの間、余生を楽しんでください。では」


 捨て台詞を吐いて、俺たちを残して全部消えた。

 空が広がっている、中心には太陽が見える。それ以外は何もない、雲一つない……


「かい、せいだ」

「喋るな! 直ぐに手当するッ。だから絶対に意識を飛ばすな!!」

「こえが、でな」

「死ぬな。頼む、シア。どうか、どうか――」

「ご、めん」

 

 なんとなくわかった。

 あのもりで、おれがなんでゆうしゃにすくわれたのか。


「シアーーーーーーーッ!」

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