第40話 聖戦 その1
シャバの空気ってこんな感じなんだろうか。
やけに清々しいというか、風が心地よいというか。
「……どこ行ってたんですか。心配したんですよ」
「それはこちらの台詞だ。急にいなくなったかと思えば、心臓が止まるかと思った」
「どうせ死なないんでしょ」
「ああ、心臓が止まっても俺は死なない」
シラフなのに明後日を向きやがるこの男、勇者はニヒルな笑みを浮かべてみせた。青空を背景に良い男ぉ、ってときめいていればそりゃあ可愛いだろうが、生憎中身は性根の曲がった干物男。天国行きの切符を神様の前で破り捨て、この地獄に戻って来たドアホウである。
「だが、今俺は猛烈に危機を感じている」
「何ですか。もう働きたくない――」
「魔王が、来る」
魔王。
あの老人が見せた恐ろしい笑顔が、嫌というほど鮮明に思い出される。その後、体中から滝のように汗が噴き出して、喉でも絞められたみたいに息がしんどくなり始めた。
「大丈夫か」
「……ちょっと、冗談言わないでくださいよ。俺、思い出したく」
「シアッ!!」
途端、勇者は寝転がった俺を引っ張って、強引に自分の背におぶった。
しかし、何も起こらない。平坦な床は傷一つ付かない。
「……じ、冗談も大概にしてくださいよ。せっかく人が」
人の言葉を遮るように、勇者はバックステップでその場を離れ、距離を取るように縁へと下がっていく。間合いを図ってるようにも見えるが、別に相手がいるわけでもない。
「魔王め、死者までも愚弄する気かッ」
「ハァ?」
「勇者の名にかけて、絶対に貴様を打ち取って見せるッ」
誰も居ないというのに、空に向かって鬼の形相で啖呵を切る勇者。
「ひとりで何やってるんです」
「……シア、もしや見えていないのか?」
「気でも触れましたか? 何言って――」
『この世のありとあらゆる存在は、培った、ないし植え付けられた先入観の中で生きている』
勇者がおかしいんじゃなくて、俺がおかしいのか?
恐る恐る気配を辿ってみる。やはりと言うか、違和感らしきものはまるで無い。空気が乱れる様子も全く無い。
「ここで戦う、俺に指示を」
「いや、まるで話が――」
「早くッ!」
空回る勇者に面食らったが、勇者の言葉が本当なら相手はとんでもないバケモノ。ついていけないが気を引き締めて、
「とりあえず情報下さい。出来るだけ、敵が誰なのかわかるように。それまでダメージは喰らわないでください、絶対に」
「やってみる。とりあえず、相手は"集団"だ。それは意識してくれ」
「わかりました」
集団? マジで冗談じゃないんだよな、何と何をどう紐づければいいのか全くわからん。取り合えず勇者には時間稼ぎしてもらって、自分の状況を地に足付けることを優先。
真っ先に目移りするのは一面を囲う禿げ山。ついで地上の街並みも小さく見える。となると、ここは高台か何かの頂上か?
「勇者、剣を構えろ。敵が見えたら対角に逃げろ。反撃はするな」
「了解」
勇者は背中の鞘から剣を抜き、構えると、いなすように後方斜めへと移動する。今度も縁まで下がるかと思えば、それはしなかった。滑るように、しかし小刻みに横移動とバックステップを繰り返し、時には跳躍で下からの何かをやり過ごす。予兆もなく動くから視界もぐちゃぐちゃ。法則性なんて――
「ん?」
足元を観察していると、高台の中心を起点にギザギザの小さな円を描いてることに気付いた。まるで、外からの攻めに追いやられているよう。
「囲まれてるのか?」
「その通りだ。このままだと押し切られる」
声は平静そのものだが、肩が小さく上下している。疲労は尋常じゃないらしい、シュールだよな。女おぶってコレとか旗から見れば変態もいいとこだ。
「勇者、バリアを展開」
「了解」
今度はバリアで外界と遮断、どんなに見てくれが透明でも攻撃だけは誤魔化せないのではと考えた。そんな希望的観測は外れたのか、勇者の華麗な足捌きは留まることを知らない。
「本当に嘘ついてないですよね?」
「この期に及んで何をッ」
「いや、何も見えないから全く緊張出来なくてですね」
「悠長が過ぎる。いつ死んだっておかしくないんだぞ」
「わかってますけど、ね……」
勇者はしばらく考えて、
「見えるように出来れば、いいんだな?」
「何か考えが?」
「デコイを使う」
「その心は」
「相手は恐らく不定形、それもバリアすら透過する凶悪なヤツ。だが、死人や亡霊であっても現世に留まる以上、必ず実体が存在する。人はそれを気配と呼ぶが、その正体は実体を構成する“気”だ。もし、それに色付けが出来たなら、君でも敵の位置が掴めるはずだ」
デコイ。
錯乱効果を持つオホロリュウキンカの花粉をベースに、人と誤認させる風船を作り、囮を生み出す技。鳥のついばみでも破裂するよう調整、ばら撒かれる花粉の色味でステルス対策も果たしてくれる。
道中考えた作戦が早速使われる日が来るとは……思わず息を呑んだ。
「花粉で実体を炙り出す、ですか」
「欲を言えばな。だが、少なくとも敵の意識は分散出来る」
「アリですね、じゃあ行きますよ。勇者、デコイを拡散ッ!!」
「了解」
勇者が黄土色の魔法陣を発動すると、そこから大量の黄色い風船がフラフラと現れ、宙を漂い始める。
しかし、
「え」
瞬く間にデコイが割れた。速すぎる、百は用意したのに二秒も持たず全滅。花粉が一斉にばら撒かれ、透明な空気に黄金が浸透し始めた。
そして、ぞっとした。
「……どういうことだよ」
背景から正体を表したのは、死装束で統一された集団。
百鬼夜行を彷彿とさせるその中には、気を失うまで同行していた筈のガリア達の姿がそこにはあった。
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