第37話 赦しの牢獄 その1

「君、寝てないだろ」

「ええ、寝てないですね。ひとりになれば寝られると思いますが」

「断る」

「お気遣いは不要なんですがね。身に余ると言いますか」

「ガリアさんのお気に入りだからね、君は」

「どうも」


 大層つまらなさそうにボヤいたのは、ガリアパーティナンバー2の優男セス。真昼の暑さと鬱陶しさが共鳴して不快指数が乗倍に跳ね上がる。

 借りた宿で休もうとする度に押し掛けたかと思えば、毎度の如く長居して来やがる。勇者の居所を探し回っているが、そこにも付いて来やがる。しかし、残念なことに社会ではこのストーカーが正義であり、ぽっと出の俺は……やめよう。空すぎる。


「気長に待つしかないんじゃないですか」

「君のようなD級に言われるとはね。A級傭兵ともあろうものが情けない」


 偉そうに踏ん反り返りながら、机の上で頬杖をついては指でトントン鳴らす。

 いわく、俺達と離れてすぐに魔物の群れと遭遇し、ガリア達とはぐれてしまったとのこと。

 探しに行けよ、むしろどっか行け。と追い出してやりたかったが、セスは思うところがあるらしく、合流して以降付いて離れようせず、この無意味な時間が続いている。

 文句? そんな度胸はない。


「A級パーティでも勝てない相手、いるんですね」

「……」

「ガリアさん達と合流した方がいいんじゃないですか」

「……」


 無視かよ。下からのジャブは掠りもしない。

 やっぱり得意ではない人種だ。品定めしてくる人間もそうだが、懐が見えない奴が特に苦手だ。大抵ロクでもないことを考えているか、人のことをどうとも思っていないと相場が決まっている。

 で、俺は相手からすれば大嫌いな勇者の腰巾着で、クソ生意気なルーキーでもある。因縁という奴も考慮すればなおさら。


「私としては極力、皆様のお邪魔にならなければと考えています。それぞれ目的も別でしょうし、自由行動が良いのでは」

「下手な気遣いは要らない、干渉は不要だ」

「行動を共にするには、こちらの信用が足りないと思っていますが」

「それは全てこちらで判断する」


 正直関わりたくないんだが、この問答を終わらせようとしない。折角冷やした水もぬるま湯同然だ。コップの汗も乾いてしまった。

 こっちだって時間は浪費したくないんだけどな。アイツいないとロクに金稼げないし。


「ところで」

「なんでしょう」

「君は、勇者とはどういう関係なんだ」

「ハァ?」何言ってんだ、コイツ。

「付き合っているのか。それとも――」

「あるわけないでしょう。戦力になりそうだからチームを組んでいるだけです」

「それがおかしいと言っている。君も知っているはずだ、アレはひとりだと戦闘どころかサポートすらままならない。そんな奴を戦力とみなせる根拠が見当たらない」

「私からすれば、その"ひとりでは"の状況を知らないのです。入国前に私達の戦いを見たでしょう。それが私の知る全てです」

「命令しなかったと思うか? 再現できなかったんだ。接敵させたが、アレはパンチ一つ出来やしなかった」

「そうなんですね。私にはさっぱり」

「白々しい奴だな」


 ここで秘密をスピーカーされる訳にはいかないんでね。信用できない以上、茶は濁すさ。


「……そもそも、何故貴方達は勇者に突っかかるんです。因縁があるなら、立場がある以上関わるのは不都合では?」

「問題ないよ。その時はこちらで処理する」


 嫌になるほど話が平行線。こちとら捜索活動で疲労困憊だってのに、狙ってやってるなら大した畜生だ。


「それにもう何日目ですか。一週間は経ってます。お互いに話せないことがあって、それが原因で平行線ならもうやれることは無いと思いますが」

「アレが戦えた理由を知れるまでは帰れない」

「知らないと言っています」

「それはあり得ないと何度も言っているはずだが」

「……ハァ」


 うんざりする、いい加減折れろよ。

 と願ったところで神様は見向きもしない。

 なるほど、汚くやれってことか。なら仕方がない。あんまり人の話を掘り下げるのは好きじゃないが、人の生活を邪魔されれば黙っても居られない。

 一週間知らぬ存ぜぬで通してやったんだ。もう手心は加えない。


「じゃあ、お宅らが言う勇者との因縁を全て話してください。そこに何かしらヒントがあるかもしれないので」

「何だと」

「問題を解決したいんでしょう? なら、貴方の知る勇者の人物像をこちらに提供してください。少なくとも私には目立った違和感などは感じられないので」

「人の傷を抉るのが趣味か。卑しい奴だ」


 趣味悪いのはお前もだろ。


「人の関係に土足で入ろうって言うんだから、こちらだってそうします。やられる覚悟もない人間の土俵に立つ気はサラサラないです」

「……適当なことを言ったら、一生追い掛け回すと言ったら?」

「なら、協力はしません。お引き取りください」


 一切私情に取り合うつもりはない、条件を呑むのはお前だけだ。と含みを込めて糾弾すると、セスは露骨に不機嫌になって黙りこくった。聞き分けの悪いガキが拗ねてるようだが、そいつが大人だと鬱陶しさが桁違い。

 そして、その狡い反撃が眠気に効いて堪らないんだ。俺の軟弱な精神力では勝ち筋はないらしい、赤子の手を捻るように意識を飛ばされた。


 気付けば辺りはすっかり夕暮れ時に変わっていた。だというのに状況は何一つ変わらず、セスは相変わらずトントンと指で机を鳴らしていた。

 男を部屋に連れ込んだうえに、ぶっさいくな寝顔まで晒した。我ながら女やってるのが申し訳ない。


「まだ居たんですか」

「当然だ。まだ、何も終わっていないのだから」

「もう帰った方が良いんじゃないですか」

「……それは出来ない相談だ」

「強情ですね」

「そうでなければ、生きられなかった」


 机を鳴らす音が止まった。すると、不気味なまでに静かになって、鳴りを潜めていたノイズがくっきりと表れる。違和感に狼狽えながらも、並々ならない表情からは狂気が滲み出ているようで目が離せなかった。


「さて」


 ここからが本題だ。

 セスはゆっくりと口にした。


「一週間は経っていると言ったな。あれは真実じゃない」


 直後、セスの瞳孔が引きちぎれそうな程にかっ開いた。あまりの眩しさに目を覆って、それが光なんだと知るまでに瞳の色はゆっくりと消え失せ、景色すら呑み込んで汚れ無い白の世界を作り出す。


「な、なんだいきなり」


 わけがわからん。何が起きて――


「君も、そうなんだろう?」

「は……?」

「後ろめたい過去から逃げて来た。その罪を拭い去るための償いの道」

「あんた、何言って」

「一瞬でしかないんだよ、この時間は」


 人の形が光に吸い取られて、セスは輪郭だけの貧相な姿に変わってしまった。しかし、当の本人は小さく笑うと、次第にギアを上げ、高らかに爆笑した。歓喜のような、悲鳴のような……よく分からない。泣いてるようにも見える。

 はっきりわかる。普通じゃない。

 この輪郭は口角以外見せようとしない。

 人も近寄らせない。

 ひとつはっきりしているのは、白いやつは笑い続けた。

 その口は、恐ろしいぐらいに俺を見つめていた。


「晒しあおうじゃないか。僕の、そして君の過去つみを」

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