第35話 俺の諜報活動

 火の国、マズル。

 非同盟国であるこの国にはとある伝承が存在する。

 荒野の中心に突如現れた一抹の炎が、命を生み、荒れ果てた大地に恵みをもたらした。そこにまた多くの命が宿り、生き死にの循環を経て、一つの巨大な都市を作り上げた――というもの。


 都市伝説級の諸説だと流しても良いが、風の国で見た壮大な自然障壁を見てしまえば、嫌でも考慮の対象となる。何が心配って、風の国みたいに火の障壁で国が覆われたら、俺達は綺麗な消し炭になるんじゃなかろうか、という奴だ。

 ……こんなもの杞憂にもならない。正直、頭の中でフザけてないと気が滅入るからそうしてる。


「さっきまで荒地っぽかったのに、全然違うわ」


 都市と言うだけあって街並みは綺麗だ。家屋や床に敷き詰められた赤煉瓦は病的なまでに成型されて、清潔さと街の活気を両立している。その中で暮らす人々は、空気に負けないほどの熱量で出店や建築に勤しんでいた。

 そんな暑苦しさ百二十点の世界に放り込まれた俺は、


「暑いって」


 とにかく蒸されている気分、それも地元の夏場でよく発生していたヒートアイランド特有のモワッとしたアレ。突っ立っているだけで全身が汗ばむのがわかる、定期的に水分を取らないと簡単に干からびて死にそうだ。それもこれも、この国特有の気候らしく、地底から熱を放出しているせいらしいが。

 暑さで気が滅入る中、もう一つ気が滅入る事情があった。


『アイツをどうやって動かしてる。言え』


 ガリアパーティから「勇者が強い理由を教えろ」と、せがまれたのである。特にセスの食い付きは異様だった。血走った目で、嘘付いたら殺すと酷く動揺する始末。

 指揮系統は自分、勇者はそれに従っているだけだと伝え、勇者の特性は濁して話を進めた。馬鹿正直に答えて弱みを握られては目も当てられない。

 しかし、俺達の回答に納得いかなかった奴らは、「試したいことがある。付いてくるな」と俺を置き去りに、勇者を連れてどこかに消えてしまった。


「帰って来れるのかな」


 勇者にはついて来るな、と言われた。波風は立てなくなかったので大人しく言う事を聞いた。せめてもの補助に、痛覚除去と自然回復のバフをかけさせたが、不安は拭えない。共倒れを避ける為と自分に言い聞かせこそすれど、人を売った気がして気持ちの良い選択とは言えない。

 最善と理想が葛藤して、内心ぐちゃぐちゃだった。


「せめて機嫌でも取れるように、良い情報だけは仕入れておくか」


 今回の目的はサタニカ=エクスなる存在の調査。および討伐も含まれている。討伐こそ必須ではないが、A級傭兵が派遣されてるのが妙にキナ臭い。

 ガリアを出し抜く形になるのは嫌だが、やっぱり奴の懐に入るには成果が必要か。


「非同盟国には傭兵ギルドが必ずあるって言ってたけど、果たして……ね」


 一人という不安はあるが、やるしかない。そう、それ以外選択肢なんてない。

 悪いことは起きなければいいが、と願いつつ、情報を持ち帰るだけだと自分に言い聞かせて、俺は目的地である傭兵ギルドに直行することにした。


「……着いた」


 多くの人垣をかき分けて、どうにか到着した傭兵ギルドマズル支部の門戸を潜ると、出迎えたのは何やら慌ただしい様子で走り回る従業員達の姿だった。


「これは……」

「これが、我らが火の国の今の日常だよ」

「えっ」


 後ろからの声に振り向くと、とんがり帽子を頭に乗せた年配のじいさんが俺を見下ろしていた。細身ながら異様に背が高い、勇者も俺の頭二つ分は大きいが、その二回りはありそうだ。


「貴方は……」

「名乗るのが遅れたな。ワシはチョウメイ。この傭兵ギルド、マズル支部を任されておる」

「チョウメイさん。こちらも名乗るのが遅れました、私はシアと申します。この度はガリアパーティが引き受けた依頼の同行として、こちらを訪れました」


 要件を説明すると老人は物色するように目を細くして、


「なるほど。それにしてはガリア達が見えないようだが」

「ええ。途中で用がある、と言われて自分だけはぐれました」

「アレの悪い癖だ。急ぎの仕事だと言ったのに、妙な寄り道で人を焦らす。ましてや、か弱き少女を独りにするとは。相変わらずデリカシーの欠片もない」


 チョウメイと名乗る老人は黒い羽織の袖で隠した手で口を抑えて、ふぅと溜息を零した。

 ガリア達と知り合いなのか?


「気になるかな?」

「え」

「視線は雄弁、ざわめいておる。いても経ってもいられない、そんな所かな?」


 人を値踏みする目だ。なるほど、簡単に出迎える気はないということか。


「警戒されているようですね。身の潔白を証明したいのですが」

「その必要は無い。ガリアから話は聞いている、若き傭兵ながら素人離れの観察眼を持っている、と」

「買い被りです。でも、称賛は受け取ります」


 正直、こんなものは茶番だ。どれだけ隙を見せなかろうが、媚びる為に己を鼓舞しようが、持っている情報に価値が無ければ全て時間の無駄。

 勇者の無事が心配だが、こっちの事情に取り合う気はないらしい。本当に急いでいるなら、こんなところで油を売ってないで、本題に入っているはずだ。

 遊ばれているな、これは。


「出来れば、お二人でお話をしたいのですが」

「ふむ。しかし、我々も仕事に追われていてな」

「そのギルドからの依頼なんですけどね。ガリア一行を派遣するくらいだ、急を要するのでしょう?」

「しかし、ガリアが居ないとどうにもなぁ……どこまで話せばいいのやら」


 じれったいな、そんなに気付けの一発が欲しいか。

 仕方ない。リスクだろうがハッタリだろうが、コイツがである以上、きっと喰いつく筈だ。


「サタニカ=エクス――と、"魔王"。私はそこに妙な繋がりを感じます。速やかにお話させて頂きたく。今、お急ぎの仕事はありますか?」


 途端、ねめつく視線が研ぎ立ての刃物みたく様変わりした。随分と殺気を振りかざすじゃないか、老獪ろうかいめ。


「……ふふふ。ワシの目に狂いはなかった」

「え?」

「何でもない。それでいいのだよ、若さとは粘り強さと好奇心を示してこそ。嗚呼、非常に美味」


 しわがれた笑顔はどこまでも分厚く、薄っぺらい。

 俺の知ってる"大人"そのものだ。都合の良い時だけ善人の顔を見せて、いざという時には平気で掌を返すような、そんな奴。


 それなのに、危ないとわかっているのに、体は勝手にジジイの元に吸い寄せられていった。


「そう気を張るでない。楽にせい」

「……っ、何をした」


 ゆったりとした手招きが思考を発散する。

 恐ろしいことが起きている。なのに、話しているだけで霧が晴れるように警戒が解かれてしまう。


「さあ、おいで」


 なんでだろう。

 行き着く先は泥沼なのに、綺麗な箱庭にしか見えない。

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