第四章 燦々
第34話 俺は泣きたい
国境には気を付けろ。
燦燦と輝く陽に照らされた荒野の真っ只中、開口一番に人の不安を的中させる大迷惑をやらかしたのは、俺の相方であり融通がまるで効かない勇者である。どこまでも真っ直ぐに明後日を眺める姿は、見事なまでに映えている。超憎らしい。
嵐や砂漠地帯といった自然の暴力を乗り越え、ようやく死と隣り合わせの旅が終わる。と思ったところのコレである。
「何で、よりにもよって今言うんですか」
「自分の目で確かめた方が、理解が早いだろう」
「師匠気取りか、厄介事しか招かないお前が言えたことではないな」
「ガリアさん。この人が言うことはただの杞憂で問題ないですか?」
「現実を見ろ、
頼むから否定してくれ。思わずため息を吐いたが、この現状から希望的観測を見出せっていうのは流石に無理か。少なくとも俺には無理だ。
悲しいことに今現在、俺達は傭兵や冒険者の身ぐるみをつけ狙う野党どもに囲まれている。ガリア曰く腕はソコソコらしい。なるほど、俺達じゃあ簡単に消し炭じゃないか。
「お姉ちゃんたち。おじさん、生活に困っててお金欲しいんだよねー。ついでにお姉ちゃんたちと遊べたなら、なおさらハッピー」
「……下衆が、ぶち殺すぞ」
「ふ、ふひ。強気な女の子も好きでしよ。はやくぼく色に染めちゃいたい」
「とりあえず、最低でも身ぐるみは全部置いてけ。逆らったら殺す。動いても殺す」
「オメェーの血は何色かなァ、俺は赤が好きなんだよネェー!!」
よりどりみどりだな、でも誰一人まともじゃない。泣けてくる。
ガリア一行にここまで啖呵切れるのも相当だけど、おそらく数の優位で気持ちよくなってるんだろう。ざっと見て、うん十人はいるものな、そりゃあそうなる。
そして、一度悪いことが起きると連鎖するもので、
「今回、俺達は手出ししない」
「え」
「ふと、興味がわいてな。役立たずの勇者が一体どうやって、お前というか弱い少女と共に依頼をこなしたのか」
頼みの綱のガリアは後方腕組み。残りの三人も武器を仕舞って我関せず。最悪過ぎる、せめて挑発された女くらいキレてくれよと願ったが、飼い主の忠犬すぎて微動だにしない。噛みしめた唇にはうっすら血が滲んで見える、よっぽど抑えてるんだろう。今こそ暴れどころだろうに。
「はあ、やるしかないらしいですよ。ユートさん」
「俺は構わん」
ようやく火の国目前だってのに、目立つのは嫌いなんだけどな。
なんて、心の中で盛大にカッコつけたが、そう簡単に恐怖が消えるなら苦労しない。対人戦なんて、袋叩きで半殺しに合うか鈍器でメッタ打ちにしたか、くらいなものだ。
ほら見ろ。最悪な経験しかないお陰で、俺の足は生まれたての小鹿みたく震えてる。
「じゃあ、行きますよ。勇者、足場を凍らせろ」
「了解」
気丈なフリをしながら命令を下すと、勇者はプレッシャーなんてなんのその、盛大に地面を踏みつけた。
俺たちを起点に、辺り一帯に水色の魔法陣が顕現すると、瞬く間に地表を氷で覆い尽くした。急に踏み込みが効かなくなった悪党一行は、下手なドミノ倒しみたく味方同士で揉みくちゃに。が、
「なんだァ? 子供騙しみてえな技だなァ」
適応出来る奴もちらほら、それも軒並み強者みたいな面構えばかり。一瞬だけバランスを崩したが、直ぐに地に足つけて、俺たちをぶちのめそうと氷面を滑走し始めた。
「勇者。雪玉で敵を押し出せ」
「了解」
そんな殺意マシマシの野党共に用意したのは、迎撃用に生成した何十個もの雪玉である。雪玉と言われれば、お子様達の雪合戦を想起させるが、人の顔面サイズの塊にもなれば立派な凶器。それぞれの腹へ爆速で打ち込まれると、綺麗な悲鳴と共に大自然のどこかへ吹っ飛ばしてしまった。
これで少なくとも十名はお掃除出来たか。しかし、手練れの数名は雪玉の砲撃を紙一重で避けて、パンチやら剣やら、俺たち目掛けて好き放題。矢まで放つ輩までいる。
「勇者、弓兵に接近しろ。その後は正拳突きの連打、蹴りでトドメだ」
「了解」
そんな危機一髪も、勇者は涼しい顔で猛襲をいなしては、弓兵くずれの元に到達。そのままワンツーの連打をお見舞いすると、トドメの蹴りで、命令通り空の彼方に吹っ飛ばした。
「これで少しは静かに――」
「よそ見してる暇、あんのかなァ!? ヒィーッ!」
「は?」
死角から何かがぬっと現れた。それが情緒不安定なオッサンだと気づいた頃には、もう拳を振りかぶった後で。
避けられない、これは受ける――吸い込まれるように、俺の腹へパンチが入った。
激痛で変な声が出そうだ、が、耐えろ。表情はフラットにだ。……嫌な汗が出る、メチャクチャ痛え。
「……ヒョロヒョロだからねえ、立つのでやっとでしょ?」
ニヤニヤしてんな、超気持ち悪い。
だが、このケースは想定済。こっちだって無駄に準備してきた訳じゃない。
さあ、お見舞いしてやる。対人戦作戦、その一。
「勇者、帯電解放ッ」
「了解」
俺の合図を皮切りに、身体からバチン、と弾ける音がした。
「あん?」
怪訝そうな顔を浮かべただけで、もう一度殴りかかって来た。
……それが仇だ。くたばれ。
ジジイの蹴りが接触した直後、強烈な電撃が俺の体から解き放たれた。真正面から受けたジジイは、変な奇声をあげたかと思えば、打ち上げられた魚みたくノビてしまった。
仲間の異変に反応した敵が俺に近付こうするが、次々と感電。のたうち回るか気絶するかで、横たわるケダモノ達で足元を占領している。
勝てないと踏んだのか、残党達は勇者に標的を変えるが、
「勇者。砂を生成、風で飛ばして目つぶしだ」
「了解」
右手には、目に見えるほどの気流の乱れ。左手には、手のひらいっぱいの砂の山。
それぞれが組み合わさると、砂が渦巻き、むさ苦しい男どもに目潰しを喰らわせた。そんな奴らを勇者はグーパンチで黙らせて、背負い投げもお裾分け。
ボーナスは氷の上をただよう、冷え冷えのオブジェ化。
いわゆる無双状態。
「ひ、ひいいいい。やっぱ、バケモノじゃねえかぁああ!?」
「ぶ、ぶひいい。しにたくないんだなぁ!?」
「に、にげろおおおお」
結局、これでもかと悪党らしい泣き顔で尻尾を巻いて逃げていった。ほったらかされた残党は、目を覚ますやいなや、風のようにダッシュで消えた。
追うことはしない、苦しい顔を見せて、少しでもギリギリを演出するのだ。さあ、勇者。お前も空気読め。
「なんだ」
「なんでもないです」
空気の読めない澄まし顔だ。どうにもならないので言い訳を並べまくって、ガリア一行をやり過ごす――はずだった。
ガリア達に駆け寄ろうとした直後、横風が通り抜ける。
何事かと振り向けば、物静かにしていたはずのセスが、鬼の形相で勇者の顔面を殴り飛ばしていた。
「なぜだ。なぜ、お前――それだけの力があってッ」
「おい、セス。やめろッ」
「騙したのか? 僕達を」
「そうではない。俺は――」
「許せない、こんな奴に。こんな奴に僕はァアアアアアアアアアアアアアッ」
「セス、落ち着け。恥を晒すな」
ガリアのドスの効いた声に、顔面蒼白のセスは、泣く泣く振り上げた拳を下ろした。それでようやく俺はガリアも殺気立っているのだと理解した。
当の俺は部外者過ぎて、天に向かって拳を掲げたガッツポーズくずれで硬直。そんな醜態を見てくれやしない面々。嬉しさも殺伐とした空気に塗りつぶされて、気分は最悪。
「やっぱり、お前はルミを見殺しにしたんだッ!!」
ひどい顔だ。辛い過去が何一つ振り払えてないことがわかる。勇者も勇者で顔色一つ変えない。だからこそ、虚しさだけが空回りして、自分だけがおかしいと突き付けられたような……こっちの胸まで痛む空気が出来上がってしまった。
どうすんだ、これ。
考えたところで、答えは何も出なかった。
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