第12話 俺は故郷を後にする その1
激動の初日から早二週間。
山を越え、海のように大きい湖を越え、俺達はどうにかヴェーミール王国を抜け、ザインツ公国の目前までやって来た。
ほどよく雲が浮かぶ青空では、白い鳥がグライダーのように旋回して、一帯を満たす青々とした草原で雑草を食べ歩く水牛の群れが見えた。
あらゆるしがらみから抜け出せたような、吹き通しの良い大自然。閉塞した樹海の陰鬱さや、先の見えなかった山道がようやく終わりを迎えた瞬間だ。
ヴェーミールの関所を超えた時も感極まったが、今回はそれ以上かもしれない。
「やっと着きましたね」
「……ああ」
「今度こそ何もないんですよね? 俺、あんなぬか喜びマジで御免ですからね」
「大丈夫だ、今度は俺も行った事がある。人が運用している街だ」
「……あの村の正体知ってたんですか?」
「ああ、匂いが犬そのものだった」
「サイテー、何で言わないんですか」
「済まない。タイミングを見失った」
それまでの旅路は――正直言って思い出したくない。何故なら、結局俺達は五百ゴールドしか集められず、その金だけで船や馬車等の交通費を工面するしかなかったのである。
それ以外の生活はというと、野宿が殆どになってしまうわけで。腐っても姫である自分がこんな生活していいのか、と本気で心配にはなる位には最悪だった。
「大丈夫か? シア」
「温室育ちには過酷すぎますね。さっさと宿屋のベッドでぐっすりしたい」
「もう少しの辛抱だ。近くの街で金を得ながら、しばらく休もう」
「本当にお願いします」
ベッドという単語を思い出すと、嫌でも当時の記憶で泣きそうになる。腐った床ですら天国だと思える程に、野宿の生活がしんどかったからだ。
手始めに最初の絶望――この世界には"機械"というザ・便利代表が存在しない。
まず、服を洗濯するにも風呂に入るにも水が必要だ。食料も同上。だが、この世界に水道なんてものはない、川や湖から自力で調達するしか方法がないのだ。なので、コップ一杯分の水を得るにしても、道中に
不幸中の幸いというべきか、山道を流れる川から汲み上げた水は、命がけの道のりというスパイスのおかげで死ぬ程旨かった。飯を食う時の「いただきます」も本気で神を
「俺、疲れてるんすかね」
「だろうな。独り言がさっきから多いぞ」
「……そうですか」
とにかく、勇者と同行して本当によかった。道中、山賊を名乗るむさ苦しい男共に「お嬢ちゃん、今からお医者さんごっこしようか。僕が医者で君は患者ね」と、肩を組まれた時は本気で泣きそうになった。
なんなら今もずっと鳥肌は止まってない。死ぬよりトラウマかもしれない。いや、同じくらいか。
こんな風に、あらゆる外敵に襲われてはダッシュで逃げ、隠れ、時々倒してを繰り返す日々。お陰で神経と体の疲れは溜まる一方、その追い討ちがこの寝床問題である。
俺はどうにかしてこの問題を解決したかった。樹海にいた頃なんて、地面から浮き上がった根っこが邪魔で寝苦しくて仕方なかった。なにより蒸し暑くて文字通り死にそうだった。
我慢ならなかった俺は、渋る勇者に頼み込んで土魔法と風魔法を教えてもらうことにした。どうせならこの魔法を覚えて平らで弾力性のある寝床、オプションでそよ風付きの快適なおやすみ空間を作ろうとしたのである。
しかし、
『うおおぉ……何か、体から何かが吸い取られるぅ……』
『もう少し頑張れ。少しずつ地形が変わってる』
『もう終わりますか? 終わりますよねぇ?』
『今半分程度平らになった。この調子だと後五分では終わるだろう』
『ぐ、ぐぉおおおおおおぉ』
という具合に、よくわかんないエネルギーを体からひねり出すのに必死で、メチャクチャに踏ん張らないと土すらまともに操れなかった。しかもエネルギーを出すときのコツが、殆ど空になった歯磨き粉のスティックから、一回分を頑張ってひねり出す時のアレ。
俺は何をやってるんだろうと思った。
『もう少し。もう少しで完成するぞ』
『ふぉおおおおおおおおお、がんばれ。頑張れ、俺の体ぁああああ』
このよくわかんないエネルギーが魔力というものらしい。夢が無さすぎて少ししらけたのは秘密。
『おお、随分と平らになっている。これほど舗装された地面は初めてだ』
『……冗談ですよね?』
『至って真面目だぞ。何故なら俺は野宿をしながら世界各地を回っていたからな。ふむ、君には魔法の才能があるようだ』
こんな所で褒められてもうれしくねえよ。
かくして俺は、平らなだけの寝床とお情け程度の微風(お手製)を手に入れた。この時の寝心地は笑いが止まらない位に気持ちがよかった。勇者の
しかし、人生というのは良いこともあれば悪い事もある。それも高確率で1:9で1が良い方のヤツ。
そう、俺達の旅にはもう一つの大きな問題が立ちはだかるのである。
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