第10話 俺と勇者のはじめての非行

「俺達を殺そうとしている奴がいる」


 何を言ってるのか、意味がわからなかった。


「追手が来たということですか?」

「違うな」

「じゃあ誰が狙ってるんですか」

「与える情報は一つだ。後は君が考えろ」


 何無責任なこと言ってんだ、コイツは。

 というか、さっきから言ってることが支離滅裂なんだ。救いたいと言っておいて、こうして突き放しても来る。人質に対する要求があまりに常識とかけ離れ過ぎている。俺に一体何をさせようとしているんだ?


「……本気で俺に考えろと?」

「どんな命令であれ、君の言う事を必ず聞く。その代わり、決めるのは君だ」

「じゃあ、アンタが決めろって命令しますけど?」

「その要求には答えない」

「……ハァ、わかりましたよ」


 その時、嫌な記憶が蘇る。


『まあ、。その時は合図を送る』


 舌打ちでもしてやりたい気分だ。

 というかコレ、もう答えも同然じゃないのか。

 少なくとも俺が関わったのは、この勇者と小さな集落にいた人達だけ。それ以外だと俺が目覚める前にいたかもしれない追手くらいか? 考えられない、俺がこの国の王なら生け取りにする。自国の領土なんだから、殺すならもっと派手にやっても良いはずだ。


 となると、犯人は自ずと決まる。

 ここは化け物が当たり前に出てくる世界、俺の常識は通用しない。ということは、俺の知らない常識こそ答えを導くヒントになる。


「……こんなもんなのかなあ」


 やっぱり、ここは地獄なんだなと思った。

 いっそあのまま夢に浸っていれば。そんな悲観主義者ペシミストの自分がいつも通りで笑えてくる。

 この火薬臭い洞窟で死んだように生きるのもありなのかもしれない。そのまま虫の死骸みたくキノコまみれで絶命というルートも、俺らしい最期なのかもしれない。


「……御免だね。そんな人生」


 嫌ならやるしかない。この状況を切り抜けて身の安全を勝ち取る、そんな無謀な挑戦を。


「確認したいんですけど」

「聞こう」

「本当に俺の言う通りにするんですね?」

「ああ、約束は必ず守る」


 こんな不条理は直ぐにでもドロップアウトしてやりたい。だが、きっとそんなインチキはこの勇者が許さない。これはいわゆる、今後を共にする為の試練という奴なのだろう。

 腹いせに蹴飛ばした石が虫の死骸にぶつかる。返ってきたのはコツン、としょうもない音だけ。勇者は気にも止めなかった。


 試されるのは嫌いだ。要求に応えたところで、相手が約束を果たすとは限らないから。だが、やはり俺が生きるにはここで結果を示すしかない。不平等条約もいいとこ。

 血が冷えるのがわかる。こういう時、どうすればいいのかを俺はよく知っている。

 腹を括った俺は勇者に目配せした。


「今からあの集落に戻って、一人残らず皆殺しにします」


 どうにもならない時は、非情に徹する。

 だから目的の為なら全部殺す。

 誰であろうと、何であろうと。

 それが弱者に与えられた、生きる術なんだと。


 俺は、間違っていない。


◇ ◇ ◇


 来た道を戻って洞窟を出ようとすると、予想通り外には追手らしき姿が複数あった。

 正体は先日退治した白い狼を大きくした風貌の化け物、ライカンスロープの同族達。ご丁寧にも歯茎剥き出しでいらっしゃる。

 だが、洞窟の中には入って来ようとしない。俺達が根をあげるのを待ち続けてるわけだ、執念深いな。


 俺はニトロツムジダケ達を出口に満遍なくバラ撒いた。それに気付いたのかライカンスロープ達はさらに警戒を強め、血眼で俺達を睨み付ける。だが、依然として仕掛けては来ない。余程念入りに進めたいらしい。


「ふむ、僥倖」


 事が随分俺達に向いている、少なくとも俺はそう思っている。


「勇者、俺達を防壁で覆え」

「了解」


 勇者に命令すると、黄金色に輝く半透明のドームが俺達を包み込んだ。だが、それだけでは安心できない。

 きっと勇者は俺にこう言いたいんだ。言葉を鵜呑みにするな、念には念を入れろ、と。


 やってやろうじゃねえか。


「勇者、防壁に向かって剣を突き刺せ」

「了解」


 防壁に向かって剣を刺し込む。だが、固い金属に阻まれたように剣は強く弾かれた。それに満足した俺は、準備中に確認した内容を思い返す。


『勇者って剣術以外に何が出来るんですか』

『体に流れる身体エネルギーを使って、超常現象を引き起こす』

『超常現象、例えば?』

『自然発火、他にも薄い膜を用意して身を守ることも出来る。人はこれを魔法と呼ぶ』

『……なんでそれで身を守らないんですか』

『言っただろう。君の神託がないと使えないんだ』


 そこは相変わらずかよ。まあ、自分ひとりと比べたらお釣りが出るくらいだ。段取りは即興ながら仕上がりは良好。

 もう一度目配せすると、勇者は首を縦に振る。

 待ち構えていたのはお前らだけじゃないんだ。俺達の存亡を賭けた戦いは、お前らが仕掛けて来た時点で、もう既に始まっているんだよ。


「勇者、出口手前に火を放て」

「了解」


 火薬の匂いは、火蓋の代わりだ。

 さあ、身を持って味わえ。喰われる者の恐怖を。




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