第8話 俺の覚悟
樹海に入ってしばらく。
相変わらず、陽の光が空高く伸びる木々に
果たしてこれを素直に順調と呼んでいいのかは怪しいが。
「これ、本当に大丈夫なんですかね。ユート、さん」
むず痒い、苗字ならまだしも名指しとか。
対人関係の経験値が雀の涙なのが見事に効いた。しかし、それは杞憂だと切り捨てるように、勇者はどこまでも淡々と答える。
「何か気になることでもあるのか?」
「いや、こんなに敵って出てこないもんなんですかね」
「そうだな。何かしらの原因はあるだろう」
「……何でそんな落ち着いているんですか」
「焦って何も変わらないなら、動揺しない。それが合理的だからだ」
まあ、それも過去に
「まあ、直に来るだろう。その時は合図を送る」
「――え?」
動揺する俺を差し置いて、勇者はツカツカと先へ進む。置いていかれないように駆け足でついて行った。
そうしている内に、森は少しずつ姿を変える。
始めはそこかしこに木が生えて、足場も根っこで不安定なうえ、空ですら満足に見えやしなかった。しかし、歩いている内に視界は開けて、平坦な石道が行く先に続いているのである。
明らかにおかしい、人が舗装したようだった。
「ここか」
「え?」
「ニトロツムジダケは洞窟の中に生える。後は胞子の匂いが特殊でな、火薬みたいな匂いを放つ」
「……詳しいですね。寄ったことあるんですか?」
「いや、経験則だ。何度もこういう道を歩いてきた」
勇者の言う通り、目の前には天井が見えない程の石の壁に、繰り抜かれたような巨大な穴があった。
一体勇者は何を伝えようとしているんだ?
「シア、聞いてくれるか」
勇者は立ち止まった。
「正義とは何だ」
「何ですか、急に」
「大事な話だ。いずれ君が国を統べる時が来ても、きっと役に立つだろう。今の君の答えが知りたい」
国を統べる。大多数の人間が俺の為に動き、大多数が俺の為に死ぬ。そこに明確な理由は必要ない、王がそう言ったからそうするだけ。その全ての責を俺は背負うことになる、かもしれない。
でも、俺は知っている。それは強い奴の心理だ。
「正義の正体は“強者の身勝手”です。誰かの為にだの、偉そうな事を並べる奴がいますが、結局は人をコントロールする為の方便に過ぎません」
「何故、そう思う?」
そんなの、決まってるだろ。
「そうされて来たからですよ。自分が偉いから言うことを聞け、それが出来ないなら生きる価値は無い。それこそが正義なんだと洗脳する為に。そうしたい奴に向かって、何の能もない人間が正義を語ろうものなら簡単に淘汰されます。『お前に何が分かるんだ。偉そうに』と、ね」
弱者は踏み潰されるべきだ、みっともなく頭を垂れるべきだ。言葉は違えど、アレはよくそんな口振りをしていた。実際、社会ではその通りだった。力のない俺に反抗など許されなかった。
そうして追い込まれた俺は色の無い人生に身を隠し、息を潜めてやり過ごして来たのだ。
「例えば俺に力が無かったらどうする」
「そりゃあ、助けますよ」
「何故だ」
「貴方が弱かったところで、俺が強くなるわけじゃない」
「……君が俺より強くなったら?」
「捨て置きます」
俺の答えに勇者は「それが君の答えか」と口にして、話を続けるわけでもなく、ひとりで洞窟へと入っていった。俺もその後に続く。
中はやはり光が入って来ないのか、奥へ進む度に暗闇で視界が悪くなる。そして恐怖心を煽るように、冷えた風が俺の頬をそっと撫でた。
「灯り、付けないんですか?」
「……ああ。敵に気取られるリスクは避けたい。それと――」
「それと?」
急に反応が無くなった。気付けば暗闇で勇者の姿は見えない。
今、俺は無防備だ。このまま合流できなければ、間違いなく殺されるだろう。心なしか洞窟特有の冷えた空気に、嫌な生温かさが混じっている。当然背筋はより凍り付く。
知っているさ、おかしいことなんて。
俺は生きる為に勇者に付いていくと決めた。体を張った勇者は今後も俺を守ると言っていた。そんな奴が無防備で野晒しにするなんてあり得ない。
全部おかしいんだ、この状況も。俺の思考も。
でも、
「グルラァァウ」
俺はそれに安心しているんだ。
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