第7話 俺と勇者のセカンドバースデー

「どうした? 浮かない顔をして」

「いや、ね。ちょっと、今後について悩んでいまして」


 俺達は今、酒場の店主からの依頼で、もう一度樹海に戻って失踪した知り合いを探している。手掛かりは店主の情報のみという縛り付き。

 話によると約一週間前、ニトロツムジダケとかいうキノコを探しに樹海へ繰り出したが、後もう少しで採取出来るという所で魔物に襲われたらしい。

 運良く生き残った店主は助けを求めに村へ引き返したが、辺境になんて人はそうそうやって来ないし、何よりこの一帯の魔物は並の実力では簡単に殺される。

 そういう訳で諦めようとしていた矢先、やって来たのがこの勇者だと言う。


『すまん。こんな辺鄙へんぴな村では、コレが限界だ』


 報酬は二千ゴールド、内、前金で五百ゴールド。勇者曰く五ゴールドで定食屋の食事一回分らしい。命が懸かってるにしては、お小遣いもいいとこだ。

 しかし、目下の問題はそれではない。

 こうやって歩いている内にハッキリさせておきたいこと。それは、他称王女の俺と自称勇者との関係性だった。


「俺達って、お互いの名前知らないですよね」

「俺は勇者、君は王女。それだけで十分だと思うが」

「街中でそれ呼ぶんですか」

「それもそうか、考慮が甘かった」


 まさか始終野宿の旅とか言わないだろうな。身の上を話さないことも相まって、何を考えてるのかまるでわからない。

 まあ、国のお偉い方に、しかも攫った相手においそれと情報は出さないし、踏み込む訳もないか。それに、こちらも素性は隠しているから、下手に突っ込んで痛手を負うのは――


 そうやって、逃げるのか。


「――おい」

「……ぁ」

「王女殿下」

「へ? ああ、すみません」

「大丈夫か。疲れてないか? 少し休むか?」


 何をぼうっとしてるんだ、しっかりしろ。


「は、はい。大丈夫です。そうだ、名前の件。お互いに呼び方決めてないと連携で苦労しますし」


 取ってつけたような理由だが、勇者は顎に手を当てて考える素振りを見せた。釣れてればいいんだが、果たして。


「……君なら」

「はい?」

「君なら俺を何と呼ぶんだ?」


 勇者、命の恩人、いやラジコンか?

 俺が目覚めるまでの勇者、勇者になってからの勇者、勇者になる前の勇者……俺は何もしらない。ロクに会話してないから当然だけれど、いつの間にか俺は、この男を生まれながらの勇者だと勝手に決めつけていたのである。


「……すみません。思いつきません」

「そうか」


 嘘だ。


「俺の名前、決めてくださいよ」

「え?」

「こんなもの、生まれ変わったようなもんでしょ。王女である自分を捨てて、魔王を倒すなんて言っちゃってるんだから。俺だって新しい何かになりたいんですよ」

「ふむ」


 自分とはかけ離れた殊勝な言い訳が苦しい。しかし、勇者はどこまでも真剣に取り合い、絞り出すようにこう答えた。


「"シア"」

「……シア?」

「君を始めて見た時、思い浮かんだ名だ」

「どうして?」

「何となく、そう思ったんだ」


 由来はわからない。理由もわからない。

 けれど、深掘りすることはしなかった。どうしてか、自分はその名前を聞いて満足してしまったのである。


「ふふ。それなら、じゃあ貴方は"ユート"ですね」

「……? どうしてだ」

「秘密です」

「やっぱり、君はよくわからん」

「そんなもんですよ」


 そうだ。特に理由なんていらない。さっきまで考えた名前なんて、とうに忘れてしまった。

 理由なんて、背景なんてどうでもいい。

 戯言の魅力に、俺は満足してしまったのだから。


 


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