第3話 俺は勇者を操縦する
「さあ、生き残る為にも、君が俺を動かしてくれ」
そう言って剣を構える自称勇者。
「ちょ、ちょっと待ってください。“君が俺を動かす”って何言ってるんですか、勇者さん」
「君が俺に指示を出すんだ。さもないと――」
言葉を
「ぐっ……死ぬぞ」
構えた大剣は壁にもならない。左腕を抑えた手にはうっすらと血が見え隠れしている。
耐えるような唸り声に好機と判断したのか、化け物達は次々と勇者に突っ込んでいった。だが、勇者は剣を構えるだけで何もしない。乱れ打ちの連続を体で受け止めるだけ。
俺はもっと酷かった。覚悟なんて仰々しさはどこへやら、腰を抜かして尻込みという有様。
「――ッ、おい、やり返さないのか」
「出来ないと言っている」
反撃の出来ない勇者を、化け物達は執拗になぶり尽くした。表情に歪みこそ無いが、肩で息をしているうえに足元も覚束ない。凛とした声色も心なしか弱々しい。
むしろよく耐えている、相手は狼を二回りも大きくしたような正真正銘の化け物。持ち堪えていること自体が奇跡と言っても良い。俺ひとりならとっくに死んでる。
だが、奇跡はそう何度も続くモノじゃない。
「ぐ、グルルゥフゥ」
その時、化け物の一体と目が合う。
そいつはニヤリと笑い、後ろに身を引いた。
ぞわりとした次の瞬間、
「えっ」
不意に見上げると、別の白い巨体が宙を浮いていた。眼光は俺を見ている。月明かりに照らされた狼は、牙を剥き出しに俺目掛けて――
「ぐっ……」
「何で……」
勇者が俺を庇ってしまった。
その後、化け物が雄たけびを上げると、他も追従して、また勇者へと突っ込んだ。吹っ飛ばそうと腹に突進し、切り刻もうと爪で引っ掻き、仕留めようと後方から
振り払えはした。が、四方からの猛襲に膝から崩れ落ちる勇者。剣を杖に立ち上がるが、素人目でも底はもう見えている。
『お前は最後だ』
完全に足元を見られていた。情けなさ過ぎていっそ笑い飛ばしたくなる。だが、それよりも先にへたり込んでしまった。
体がまるで動かない、動いてくれない。
「あ、ああ……」
「心配するな。俺が側に居る」
弱る勇者とグズる俺を察したのか、化け物共はゆっくりと囲み退路を絶った。笑うように口角を上げては、咀嚼前の余韻だろうか
どうすれば、一体どうすれば。
「ヴェーミール王女殿下」
「な、なんだよ」
絶体絶命の中、勇者は敵に背を向け、俺だけを見た。
このままだと殺される、それなのに前を向こうとしない。一点の曇りもない瞳には、プライドが粉微塵にされ怯えるだけの小物が映されていた。
「頼む、王女殿下。俺に命じてくれ、敵を倒せと」
「な、なんで俺がそんなことを。あんた勇者なんだろ、そんな必要――」
「必要あるんだ。俺の呪いは、君でなければ救えない」
意味が分からない。
何で俺なんかに期待をする。本当に俺にそんな力がある保証なんてないだろ。諦めろよ。
それなのに俺しか見ていない。
信用は出来ていない。だが、傍観では死ぬのは確実。
良心なんてとっくの昔に死んだ。それなのに合理性のない理想論が、“やれる”と俺に訴える。
見殺しにしたくない。そんなくだらない意地が、死にかけた覚悟に火を灯す。
「ああ、わかったよ。やってやるよ、どうなっても知らねえからな」
肺に空気を流し込む。自分にどんな力があるかなんて、目覚めて数分でわかるわけない。だが、ここまで覚悟を見せられたなら――やるしかないだろ。
震える足で、もう一度立ち上がる。
溜め込んだ空気に、沸き上がるかすかな高ぶりを乗せて、
「勇者、立ち上がれ――ッ」
ひと思いに叫んだ。
すると、勇者の体が黄金色に輝き始める。さっきまで傷だらけのボロボロだった体が、ゆっくりと傷を塞いでいった。
「感謝する。さあ、俺に次の指示を」
立ち上がる頃には傷は完全に消えていた。しかし、自発的に動くわけでもなく、勇者は次の指示を促す。
クソ、毎回命令しないといけないのか。ラジコンかよコイツはッ。
「勇者、薙ぎ払いだッ!!」
「了解」
勇者は杖替わりの大剣を両手で持ち上げると、風すら切り捨てる勢いで横薙ぎに振るった。
直後、巻き込まれた前方の二体が両断。背後から迫ろうとした三体は風圧で後方に吹き飛ばされる。
そいつらは仲間の死骸を呆然と眺めて、物言わぬ肉の塊にわなわなと震えたかと思えば、鬼のような形相で雄叫びをあげた。乱れた統率を正そうともせず、闇雲に突っ込んで来た。
「つ、次は一体ずつだ。右端に」
「勇者と呼ぶんだ、でないと動けない」
「ハァ!? くっそ。勇者、右端のやつにカウンターで縦切りッ」
「了解」
やはり獣、人間離れした速さで距離を詰める。悠長な真似は出来ない。しかし、焦る俺に反して勇者はどこまでも冷静だった。
右端の一体を迎え撃つように寄ると、空高く振りかぶった大剣を力の限り振り下ろした。大ぶりの一撃は化け物の脳天に振り下ろされ、小さな悲鳴を最後に絶命。
そして、切り捨てた化け物の血を払って、
「勇者、真ん中の一体を牽制ッ、迎撃で腹を蹴れッ」
「了解」
次に照準を向ける。仲間のこっちが息苦しくなるほどの殺気に、化け物達は気でも触れたのか、もう一度勇者へと襲い掛かる。
「いい加減、ソレはもう慣れた」
軽い足取りの横跳びだった。飛びつきを紙一重で避けると、隙が出来た横腹に三日月蹴り。鉄球が直撃したような鈍い音と共に、悶絶した化け物はあっさり地面に墜落した。
よろめきながらも、どうにか体を起こそうとしたが、
「勇者、そのまま突きだッ」
「了解」
高速で突き出した剣はゴウッ、と
さあ、残るは一体。どこに隠れた?
夜の暗さに慣れて来たとはいえ、昼間の明るさは無い。暗闇に潜伏されれば、肉眼での確認は到底不可能。
「グオァアアアアアアアアア!!」
背後から化け物の叫び声がした。振り向くと、最後の一体が血眼で俺目掛けてやって来た。
速い。自分がスローに思えるほどに。このままだと――
「信じろ。君の力を」
勇者の声で乱れた思考が一つにまとまる。体の力みも抜け、怖さも消えていた。もう俺の足は震えてない。
そうだ、命じるだけだ。後は勇者が何とかする。
「勇者、まずは防御。切り返しに薙ぎ払いだッ」
「了解」
化け物の突進を軽くいなすと、剣を寝かせ居合の構えを取った。逆光で流れるような曲線を描くと、間一髪で立ち止まった化け物の鼻先を掠め、うっすら血を滴らせる。
一瞬たじろいだ化け物だが、体を揺らし気を奮い立たせると、一心不乱に再び俺達へと加速した。
動きが直線で助かった、もう余裕は十分ッ。
「勇者、こっちも距離を詰めて、縦一文字に切り殺せッ!!」
「了解」
互いの一撃が交錯、すれ違い際に大剣を鞘にしまう勇者。
そして、
「ぎゅおおおん……」
目と鼻の先まで迫った化け物が、真っ二つに分かれた。
控えめな悲鳴が森に消える、それから音沙汰はない。ようやく静かな夜が帰ってきた。五体、これで全部だよな……?
「お、終わったよな」
「ああ、敵の気配はない。もう大丈夫だ」
「よ、よかった……あれ」
緊張が無くなったせいか、一気に力が抜け、その場に倒れ込んだ。ダメだ、安心したせいで滅茶苦茶眠気が。
他の敵に襲われるかもしれない、そんな杞憂に構う余裕すら残っていないらしく、体は真っ先に脱力して休息を求め始めた。
「せめてどっかに、かくれないと――」
「今はゆっくり休むといい。大丈夫だ、俺に任せろ」
「……だめだ、前が見え」
背負われたのを理解して、しばらく悩んで考えるのを辞めた。ほんの少しの心地よい揺れと、久しぶりに味わった人肌の暖かさは、なけなしの警戒を解くには十分すぎるものだった。
地獄で何をしてるんだ、俺は。
悪態を吐く間もなく、俺は意識を失った。
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