第4話 俺と勇者の決意表明

 今日、俺は一つ理解した。

 本当に辛い時は、とにかく苦しみが過ぎ去るのを待つか、自分で終わらせるかだと思っていた。

 けれど、こうしてまた死に直面した時、俺は人生にケリを付けるかと思えば、勇者と共に生きることを選んでいた。死んだっていいと覚悟を決めたつもりが、蓋を開ければ他人にすがって安心を求めていた。それが叶えば、生きてて良かったと胸を撫でおろす始末。


 恥ずかしくて仕方なかった。どうして死ななかった。

 十七年でつちかった覚悟なんて、本能の前ではハリボテにすらならなかった。


◇ ◇ ◇


 ヴェーミール王国領、バドマルク。

 古民家が数軒立ち並ぶだけで人の気配が異様に少ない。老人が畑仕事などで汗を流している様はポツポツ見られるが、逆に言えばそれ以外は無人同然。生前の世界で言うなら限界集落という表現が近いかもしれない。

 王国の中でも辺境に位置するこの場所は、実はお隣にあるというザインツ公国の国境近辺なのだと。そこまで逃げれば追手が手出し出来なくなる為、ここまでやって来たそう。


「ゴワゴワすんな、この服……」

「我慢してくれ、目立たれると困るからな」


 未だに自分が王女だなんて信じられない。変装の為に着たボロ着がより嘘くささを際立たせる。

 今、俺は勇者が調達したという布服を着せられている。粗くてザリザリする生地が歯痒はがゆい。窮屈なドレスは当然として、使い古したTシャツすら眩しく見えるひどさ。

 こんなにコソコソして本当に自分は王女なんだろうか。まあ、地獄に王女ってのも変な話だが。


「長居はできないらしい」

「え?」

「これを見てくれ」


 勇者から一枚のチラシを手渡される。受け取って中身を確認すると、そこには何と自分と同じ金髪美女と、勇者の写真がデカデカと載せられていた。


「指名手配書、だ」

「なんで?」

「言っただろう、君をさらったと」


 俺、本当に王女だったのか。

 というのも、昨日の夜から今に至るまで、俺は王女の記憶を何一つ掘り返せていない。残念ながら俺の頭には、自分の経験した記憶以外すっぽり抜け落ちていたのである。


「あの夜、君の声が聞かれたかもしれない。今後はより慎重に行動したい」


 ああ、アレか。魔物とかいう化け物と対峙して、思わず叫んでしまった奴。


「……申し訳ないです。あの状況で未来の保身まで考えられる程、余裕がありませんでした」

「責めるつもりはない、順応が困難なのは理解しているつもだ」

「そうですか……ところで一つ質問が」

「何だ」

「魔王って何ですか。何でそうまでして魔王を倒そうとしてるんです。世界を脅かすとか、何か人質を取られてるとか、特別な理由でもあるんですか?」


 勇者は俺の目を見て、こう答えた。


「勇者は魔王を倒す、そういう運命だからだ」

「ハァ? 運命とかスピリチュアルな。命がけの旅なのに?」

「魔王を倒すのに目的などいらない。魔王とは悪だ、悪は滅ぼす――それで十分」


 無計画過ぎる、死に急ぎと変わらないじゃないか。


「……道連れは嫌です」

「君が命を賭ける必要なんてない。何故なら君はどんな手を使ってでも俺が守る。そして、必ず故郷に帰すからだ」

「貴方が死んだらどうするんです」

「俺は死なない。何故なら俺は勇者だからだ」


 どこから出てくるんだその自信は、しかも何一つ具体的な解決案になってない。とはいえ、こんな危なっかしい場所で単身生き延びるなんて出来る訳もないし。


 ここが分水嶺、か。


 ここに来た理由は何だろう。地獄とは罪を償う為の場所だと聞く。だとすると、俺はこの状況にどう向き合えばいいんだ。自分の命を優先していいのか、それとも誰かを救うために身を投げるべきなのか。

 そんな俺に何を思ったかは知らない。しかし、勇者は神妙な顔持ちで、ある質問を俺に尋ねて来た。


「君は故郷に戻りたいか?」

「はぁ?」

「これから君は過酷な旅を続けることになる。さっきのように魔物に襲われることもあれば、追手からの追跡を逃れる為に夜逃げをすることだってある」

「何で今それを言うんですか」

「あの時、君が死ぬかもしれないと思った。君のような少女を死地に招くことが、本当に正しいことなのか分からなくなった」

「じゃあ、こんな旅やめて普通に生きましょうよ。魔王が誰かなんて知らないけど、誰かがやっつけてくれますって」

「それは無理だ。俺にしか倒せない」


 じゃあ最初から人に期待なんて持たすなよ。

 心の中の愚痴が通じたのか、淡々と「忘れてくれ」と訂正された。全く嬉しくない。


 世の中というのは強い奴のためにある。強者の恩を受ける為に腹を見せ、敵でない事を示す。そうやって住処を作り、世の中は循環している。弱者はそんな汚い水槽の中でしか生きられない。

 勇者は俺が所詮戦えない駒だと知っている。俺がこの地獄を生きるには、この男について行くしか道はない。結局こんな上辺の気遣いは所詮ポーズでしかない。


 問題はそれだけじゃない。

 いくら自分が王族だと言われても、俺にとっては顔も知らない他人だ。そもそも親子関係がどうなっているかも分からない。生前の彼女が誰かから恨みを買っている可能性もある。そうすれば、裏切り者だの揶揄されて、投獄からの獄中生活、後に処刑されて死亡という可能性も十二分にある。


 搾取されるだけの人生の末路を俺は知っている。だからこそ同じ轍を踏むわけにはいかない。

 とはいえ、目の前で命を張った人間と見ず知らずの家族。命を賭けるには天秤がもろすぎる、本当に頭が痛くなる選択だった。


「俺に命令しろって言いましたよね」

「ああ」

「じゃあ、全力で俺を守ってください。それが俺をさらった責任です」

「――フ、フフ。君は変わった奴だ」

「よく言われますよ」


 こんなもの苦し紛れでしかない。人生なんて見切りが肝心だ。ましてや、罪人の俺が我が身可愛さを選ぶなんて余裕、あるとも思えない。

 何かしらで人の力になる必要がある。そんな気がした。


「お願いします。出来れば俺、死にたくないので」

「任された」


 気安く信じてはいけない、委ねてはいけない。そう誓う度に消せない過去がチラつく。そんな自分を罪悪感で握り潰して、また一つ罪を重ねる。

 生きたいのなら前へ進まなければならない。たとえ、この手がまた血に汚れようとも。

 かくして、俺達勇者一行は魔王討伐の旅に出ることになった。


「では王女殿下、早速相談したいことがある」

「何ですか」

「路銀がない。このままだと野垂れ死ぬ」

「――ハァ、旅らしくて最高だよ」


 なあ。

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