第2話 俺の始まり
「座った方がいいんじゃないか」
「は?」
「疲れているのだろう。地べたは性に合わないか?」
揺らめく焚き火が、混沌とした現状を映し出す。
所狭しと大木が並ぶ密林に、雲隠れした満月がちらりと照る夜の空。そして、よれたねずみ色のローブを身に纏い、フードを被る怪しい青年。
青年はゆっくりと俺から離れて、対面に腰を下ろした。俺もそれに
「こ、ここは?」
「ヴェーミール王国、の外れにある樹海だ」
「じゅ、樹海……? 一体何が――」
そう口にした時には、剣が。
首元に向いているのを知って数秒。間合いが千切れたような速さを理解し、身体中が一気に総毛立つ。慌てて口を覆い、喋らないと意思表示を見せると、安心したのか男は静かに剣を背中の何かへと締まった。
……鞘だったのかアレ、一体何者なんだ。
「申し訳ないが静かにしてくれ。夜は何かと危ないからな」
「……俺は、一体」
「俺? 変わった喋り方をするんだな。ヴェーミール王女殿下」
「おうじょ、でんか……?」
「ふむ、一過性の記憶障害だろうか。手荒な真似だったからな、止むを得ないか」
意味がわからなかった。目の前のコイツは刃物を持っていて、自分は王女だと言われている。ここは地獄じゃないのか? 所詮十七年しか生きなかった高校生に、この状況を整理しろというのは無茶だった。
そんな俺をさらに深みに陥れるように、混乱は加速する。
「下手に動かれる訳にもいかない、まずはこれで己を理解しろ」
そう言って手鏡を投げ渡された。
そこに映っていたのは――
「誰、コレ」
お高そうな桃色のドレスを着た、端正な顔立ちの女性。金髪の北欧系美女って奴に見えるが、どこか子供らしさも残していた。だが、その身なりはどこか氷のような冷たさを匂わせる。
金持ちの令嬢、と言われたら簡単に納得できる美貌だった。それが今、俺の声に合わせて口を動かしているわけだ。地獄と呼ぶには訳のわからないシチュエーションだった。
「ちょっと待て。意味がわからん」
声と共に驚く素振りを見せる彼女。そして、さっきからそれとなくチラつく小さな膨らみを触って、同じように自分の胸をまさぐる彼女の姿。それを見て、いよいよ自分が女になってしまったことを自覚した。
「あ、あの。これは一体どういうことなんですか」
「これは、とは一体なんだ」
「質問を質問で返すのはやめてください。俺は崖から落ちて死んだんです。それが今どこかもわからない森の中にいる。あとは、ほら。わかるでしょう?」
「この辺りに崖はない。それに落とした記憶もない。とにかく、まずは俺の話を聞いてくれ」
「え、ええ……」
与太話だと切り捨て、青年は話の主導権を奪い取った。状況が全く読めてない歯痒さは残るが、逆らった末路なんて、あの剣速を見れば簡単に想像がつく。言う通りにするしかない。
「単刀直入に言う。まず、俺は魔王を倒したい」
話がまるで見えない。
「俺には呪いが掛かっていてな、そのせいで一人ではその魔王はおろか、雑兵ですら倒すことが叶わない。これを解除するには神託――つまり、君の力が必要なんだ」
「しんたく……随分とファンタジーみたいな話ですね。まるで勇者でも出てきそうな」
「ああ、俺がその勇者だ。だから、ヴェーミール王国から君を
「へ、へえ。そうですか……嘘でしょ、そんなの」
「ふむ、これが勇者の証だ」
そう言って見せられたのは竜の顔を
「触ってみろ」
「え?」
「いいから、触ってみろ。勇者以外が触れることは出来ん」
ずいっ、と目の前に差し出されたので、仕方なく紋章を受け取ろうとした。が、バチンという音と共に手が弾かれる。
「いって」
「これが勇者の証だ。俺以外は誰も触ることができん」
「は、はあ……」
「これで
その時だった。
暗闇の中から
「敵が、来る」
「何、ひょっとして魔物でもやって来るって奴ですか?」
「聡いな。君は俺の後ろに下がっていろ」
「はぁ!? お、おい。ちょっとまだ話は――」
「来るぞ」
森がガサガサと揺れ、舌でも垂らしたような下品な息遣いがこだました。そして、ゆっくりと正体を現す。それは、暗闇が晴れそうな程に真っ白な狼を、二周りほど大きくしたような化け物の姿だった。
それも五つ、一体ですら詰むというのに。
「な、なんだよコレ……」
非現実的な現実に怖気づく俺。そんなことは気にも止められず、勇者を名乗る青年はもう一つ特大な爆弾を投下した。
「さあ、生き残る為にも、君が俺を動かしてくれ」
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